SNS上の流行り病
インフルエンザの感染が広がっています。
厚生労働省の2026年10月16日の発表によると、全国約3000の医療機関から10月5日~11日の間に報告があった感染者数は、1機関当たり12.81人でした。1機関当たり10人を超えると「注意報」と言われるこの数字、昨年同期は2.36だったことを考えると、かなり早期に流行し始めているようです。
こうした流行情報に接すると、ある病気のことを思い起こします。SNSの広がりとともにその蔓延が可視化された、「謝ったら死ぬ病」です。
病といっても、医学的な病名ではありません。自分に非がある場合でも決して謝ろうとしない人たちを揶揄して、「病」と称されています。
今週Pick Upするのは、この「謝ったら死ぬ病」とも縁が深い本、『誤解を招いたとしたら申し訳ない 政治の言葉/言葉の政治』(藤川直也 著/講談社 刊)です。
謝ったら死ぬ病
「謝ったら死ぬ病」を思わせる場面は、SNSの至るところで見られます。
例えば2026年9月、某大学教授の投稿がSNS上で炎上する事件がありました。
この教授は、ある女性皇族に写真付きで言及した投稿を引用し、「この人たちを目にするたびに、遺伝的要因のおそろしさを感じる」などと投稿。これが遺伝や血統で人を評価する差別的表現ではないかとして、批判の声が寄せられたのです。
こうした批判に対し同教授がとった対応は、撤回や謝罪ではありませんでした。「投稿に関して解説する責務を投稿者は負っていませんが、曲解があまりに広がっていることから、以下に投稿の意味を解説します」などとする長文の「解説」を投稿したのです。
ただ、ここで話題にしたいのはこの「解説」の内容の当否ではありません。過去の投稿との整合性です。
過去にこの教授は、ある人物の発言に対し「あらかじめ言っておくが、そういう意図ではなかった、誤解を与えたら申し訳ない、軽率だったと反省している、ではすまない」という投稿を行っていました。
2つの投稿は、明らかに矛盾するものです。どちらかを正当化すれば、どちらかは間違っていたと認め、謝らざるを得ない。それでも謝れない…。
この一件は、大学教授という社会的地位のある人物でさえ(あるいは、社会的地位があるからこそ?)、素直に謝るのは難しいということをよく示しています。
そして、この謝ることの難しさは、政治家を見ているとさらによくわかります。
彼らは国民1人1人に代わって国の舵取りを議論することが役目であり、その言葉の信頼性は自身の命綱とも言えるものです。間違ったことを言った時に「謝ったら死ぬ」などと言ってはいられません。
そこで彼らは、「謝ったら死ぬ病」に対する「特効薬」を発明しました。『誤解を招いたとしたら申し訳ない』では、その数々が披露されています。
誤解を招いたとしたら申し訳ない
例えば、書名にもなっており、前述の大学教授も投稿の中で触れていた「誤解を招いたとしたら申し訳ない」。本書では、こんな例が挙げられています。
2016年2月7日、長野県で行われた講演会でのことである。東京電力福島第一原発事故を受けて国が定めた年間被ばく線量の長期目標について、丸川珠代環境大臣(当時)が、次のように発言した。
「『反放射能派』というと変ですが、どれだけ下げても心配だという人は世の中にいる。そういう人たちが騒いだ中で、何の科学的根拠もなく時の環境大臣が決めた」
国の定めた目標を軽視するこの発言を非難された丸川は、次のように発言した。
「私の発言に、言葉が足りておりませんでしたゆえに、追加被ばく線量年間1ミリシーベルトという長期目標を軽視しているかのような誤解を招いたとすれば、特に福島を始めとする被災者の皆様に対して、誠に申し訳なく、心からお詫び申し上げたいと思います」
(『誤解を招いたとしたら申し訳ない』 272~273ページ)
なるほど、確かに自分が大臣の立場だったらと考えると、「長期目標を軽視して誠に申し訳ない」と言うよりも、謝るハードルは大幅に下がるように感じます。「謝った」という事実をつくれる点で、「誤解を招いたとしたら申し訳ない」という言い方は有用です。
ただ、この言い回しは万能ではありません。本書は、こう切って捨てています。
これを聞いて、まともな謝罪だと思う人はほとんどいまい。多くの人が、丸川の発言は謝っているようでちゃんと謝ってはいないと思うだろう。
(『誤解を招いたとしたら申し訳ない』 272~273ページ)
では、なぜそう思うのか。
本書では、このような謝っているようでちゃんと謝っていない発言を「謝罪もどき」とし、その類型を紹介しています。いくつか抜粋すると、次のようなものです。
- (2)自分が関与したことをぼかす。たとえば、「このような結果になってしまったこと、誠に申し訳なく思います」といった発言を考えるとよいだろう。
- (3)やったことは明らかなのに「もし~だとしたら、謝ります」のような条件つきの形にする。(中略)「もし私のせいで傷ついたのだとしたら、お詫びします」と言うことで、傷ついた原因が私ではないという可能性をちらつかせる、というのがこの種の謝罪もどきだ。
- (4)相手の被害を問題視し、相手のせいにする。「もし気分を害されたとしたら、お詫びします」という発言はときに、誰しもが私のやったことで気分を害するわけじゃない、むしろ些細なことで気分を害したあなたが悪い、といったことをほのめかしうる。(中略)
- (8)謝る対象をずらす。つまり、本来謝るべき対象とは違う対象について謝る。誤解なんかない場合に使われる「誤解を招くようなことを言ってしまい申し訳ありません」はこの種の謝罪もどきの典型例だ。
- (『誤解を招いたとしたら申し訳ない』 273~274ページ)
これらから読み取れることは簡単です。いずれも、「自分は悪くない」ということを言外に匂わせているのです。あの手この手で前提条件をつけ、それらがすべて満たされているなら謝る、でもその条件が満たされていると自分では思っていないので、実際は謝っていないも同然――この理屈であれば「謝ったら死ぬ」には当てはまりませんし、相手に「謝っているようで謝っていない」と思われるのも当然です。むしろ相手からすれば小細工を弄している分、悪印象を抱くかもしれません。
してみると、この「謝ったら死ぬ病」への「特効薬」は、実は特効薬でも何でもなかったというオチになるわけです。むしろ、安易に使いやすく、一度使えば次も、その次もとどんどん依存してしまう点で、麻薬のような危険性を秘めているとも言えるでしょう。乱用の結果もたらされるのは、「自身の言葉の信頼性の喪失」という本末転倒といえるのではないでしょうか。
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ある危険ドラッグが問題視され、規制の対象になると、別の薬物が新たに使われ始める…。危険ドラッグの蔓延と対策はイタチごっこです。
「謝ったら死ぬ病」の世界でもそれは同様のようで、「謝っても死なない」ために、手を変え品を変え、様々な言い回しが生まれては消えています。
『誤解を招いたとしたら申し訳ない』は、そうした言い回しのどこに問題があるのか、言語哲学者の著者が実際の事例に即してわかりやすく解説しています。
見せかけの謝罪に騙されないために、あるいは自身が「謝罪もどき」に陥らないために、ぜひ一読をお勧めしたい1冊です。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。