競争力の源泉となる「情報」
「自社最大の資産は何か」
経営者にそう聞けば、いろいろな答えが返ってくるかと思います。人材、技術、ブランド…。
多様に見えるこれらの資産には、実はある共通の特徴があります。
それは、いずれも「情報」という形で企業に蓄積されているということ。現場のノウハウや高度な製品の設計図、自社を愛してくれる顧客のデータなど、現代企業の競争力は、情報あってこそ成り立つと言っても過言ではありません。
では、そんな情報が「盗まれる」ことを想定して、自社では十分な備えができているでしょうか?
このことを問いかける本が、今週Pick Upする『カウンターインテリジェンス ――防諜論』(上田篤盛、稲村 悠 著/育鵬社 刊)です。
千粒の砂
インテリジェンスや防諜と聞くと、謎のエージェントやハニートラップなどを思い浮かべるかもしれません。実際に本書では、諸外国が関与する機密情報の流出が後を絶たないとし、「スパイ天国」と揶揄される日本の現状を指摘しています。
例えばTOPPOINTの要約では、ソフトバンクの元社員を飲食店で接待し、密な友人関係を築くことで機密情報を入手したとされるロシアのスパイの事例を紹介しています。
こうした現状に対処するため、日本では政府のインテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔となる国家情報局が2026年7月31日に設置され、スパイ防止法の制定に向けた検討も進められています。
ただ、本書が強調するのは、スパイ防止法だけでは機密情報の漏洩は防げない、ということです。
その1つの理由は、インテリジェンスや防諜の機能を強化するには、情報を扱う人間の「意識の醸成」が不可欠なためです。
本書を読んでいて気づかされるのは、思ってもないところから機密情報が漏洩するケースがあるということです。
例えば、ある企業の研究員がSNSに「今から○○県に出張する」と投稿する。それとは別に広報担当者が展示会で「来年に新型設備を導入する予定」と話す。さらに採用担当者が会社説明会で「AI関連人材を募集している」と説明する――。
これら1つ1つは公開してもさして問題がないような情報ですが、情報をすべて組み合わせてみた人がいれば、新製品の開発時期やこの会社の投資計画、技術開発の方向性などが推測できてしまいます。
実際に、こうしたやり方で機密情報を入手する勢力も存在します。本書では、中国の諜報戦略として「千粒の砂」作戦が語られています。
2022年7月に、米連邦捜査局(FBI)のクリストファー・レイ長官と英国防諜機関MI5のケン・マッカラム長官がロンドンで史上初めての合同記者会見を行い、「中国共産党は、かつてのように外交官を偽装する工作員を使わない。『千粒の砂』と呼ぶ戦略で、さまざまなチャネルを通じて情報を集める」と指摘している。
中国のスパイ活動は、従来、ロシアの手法とは異なる。ロシアは「1人のエージェントがバケツ一杯の砂を運ぶ」のに対し、中国は「1人の収集員が砂一粒を運び、人海戦術によって砂をバケツ一杯にする」とされてきた。(中略)
中国はリスクを回避しつつ、軍民官学を問わず、合法と非合法を問わず、さまざまな階層や企業パートナーを通じてあらゆる情報を収集している。
(『カウンターインテリジェンス』58~59ページ)
これらのことから見えてくるのは、企業の情報管理において守るべきものは、「社外秘」と明記された資料だけではないということです。日々の広報や営業、採用活動など、それぞれの情報は「砂一粒」だったとしても、それらでバケツが一杯になれば、企業が想像していないほど詳細な全体像が見えてくることもあり得ます。
社員には、そうしたリスクも踏まえた上での情報管理が求められます。2026年4月、ある地方銀行で、行員が勤務中の支店内をスマートフォンで撮影して写真共有アプリに投稿し、業務目標や顧客の氏名などが流出する事件が起きましたが、これなどは自分が扱っている情報の重要性と危険性を認識していない典型例といえるでしょう。
このような社員のいる企業は、「バケツを一杯にしようとする」側から、たくさんの砂を一挙に提供してくれるカモと見られる可能性があります。
情報流出に強い組織をつくるために必要なこと
では、社員のインテリジェンスや防諜に関する意識を醸成し、情報管理を徹底した組織をつくるためには、どうしたらいいのでしょうか。
本書では、①予防(抑止)、②予防(制御)、③探知、④事故対応、の4つのフェーズに分けて、企業が行うべき具体的対策を示しています。同時に、企業における機密漏洩は“人”に起因するという考え方の下、「採用(入社)時」「在籍時」「退職時(退職後)」における“人”の管理についても解説しています。
例えば、採用時の管理として挙げられている「MICE・スクリーニング・フレーム」。MICEとは、次のような要素を表したものです。
- ・金銭(Money):金銭的困窮など
- ・思想・信条(Ideology):懸念すべき組織や人物との関係がないかなど
- ・名声や信用への脅威(Compromise):名誉職にないかなど
- ・自尊心(Ego):個々人の欲求や、欲求を助長させるギャンブルなどの嗜好に懸念はないかなど
前述の地方銀行の行員には、SNSでの承認欲求という点で「自尊心(Ego)」に問題があったのかもしれません。採用時にMICE・スクリーニング・フレームを活用できていれば、採用しない、あるいは問題が内在することを前提に教育を行うといった対応が取れた可能性があります。
企業の競争力の源泉であると同時に、流出した場合には致命傷ともなり得る「情報」。その情報を守る体制を整えるために、『カウンターインテリジェンス』を一読してみてはいかがでしょうか。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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