2026.8.10

編集部:小村

「念力主義」が組織を危うくする? 戦争研究から見えるビジネスの教訓

「念力主義」が組織を危うくする? 戦争研究から見えるビジネスの教訓

 先週の広島と長崎の原爆の日に続き、今週末には終戦の日を迎えます。この時期は、“戦争と平和”について思いを巡らせることが多いのではないでしょうか。

 平和を願うことに異論を持つ人はほとんどいません。しかし、「願うだけ」で平和を守れるのでしょうか?
 ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ、あるいはアメリカとイランの紛争を目にすると、こうした疑問を持たざるを得ません。そこで今回は、この問いに真正面から向き合った本、『国民のための戦争と平和』(小室直樹 著/ビジネス社 刊)をご紹介します。

「平和」を唱えるだけでは、平和はこない

 平和を願えば平和は守れるのか ―― 冒頭で述べた疑問に、社会科学者の小室直樹氏(1932〜2010)は本書でNOを突きつけます。理由は次の通りです。

 

戦争を憎んで否定するのは、個人の行為である。しかも、それは個人の「心の内なる」信念の問題である。しかし、戦争そのものは、人間個人の問題ではない。(中略)戦争は、国家の政策の問題である。(中略)個人の信念の算術的合計は、国家の政策とはなり得ないのである。

(『国民のための戦争と平和』 16~17ページ)


 つまり、いくら1人1人が平和を願っても、それだけで戦争という国家の政策(意思決定)を止めることはできない、と小室氏は述べているのです。
 また小室氏は、「平和を唱えれば平和が来る」と信じる心情的な姿勢を「念力主義」と呼び、次のように批判します。

 

台風は惨禍をもたらすものだからといって、日本に上陸することを法律で禁止すれば、それで台風禍から救われるというのなら、話は簡単であるが、誰も信じないだろう。(中略)平和主義者の平和論なんて、要するにこんなものだ。すべての人が単に、「戦争はイヤだ。心から平和を欲する」なんて言ってみたところで、その舌の根もかわかぬうちに、足元から大戦争が勃発してこないと誰が言えよう。

(『国民のための戦争と平和』 20~21ページ)


 本当の平和主義者であれば、戦争が起きる条件や、戦争が起きた際の対応を研究しなければなりません。しかし日本では、軍事研究が長らくタブー視されてきたと小室氏は言います。念力主義者たちが「戦争のことを考えたり口にしたりしなければ、戦争は起こらない」と思い込み、戦争について語る人を「平和の敵」とみなして攻撃してきたからです。
 彼らの姿勢は、戦前のいわゆる「軍国主義者」とよく似ていると小室氏は指摘しています。ただし小室氏は、「戦前の日本には、実は軍国主義者なんか1人もいなかった」とも語っています。どういうことでしょうか。

戦前日本の「念力主義」

 真の平和主義者が平和のために戦争を研究すべきであるのと同様、真の軍国主義者であれば、戦争に勝つために「敗戦の条件」を徹底的に研究しなければなりません。もし敗戦が避けられないとわかったら、その時点で戦争を阻止する必要があります。しかし当時、敗戦の研究を試みようものなら激しい非難を浴びた、と小室氏はいいます。

 このくだりを読むと、現在公開中の映画『開戦前夜』の原案となった、『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹 著/中央公論新社)が思い起こされます。
 日本が真珠湾を攻撃する8カ月前の、1941年4月。官僚・軍・民間のエリートによって「総力戦研究所」が設立され、日米戦争のシミュレーションが行われました。その結論は「開戦から3~4年で日本が敗れる」。まさに、その後の歴史を言い当てていたのです。にもかかわらず、当時の政府はこの結果を無視し、開戦へ突き進んだことが同書で明らかにされています。
 その背景には、勝利を願っていれば勝てるという「念力主義」があったのかもしれません。

「念力主義」はビジネスの世界にも

 こうした念力主義は、ビジネスの世界にも見られるのではないでしょうか。
 企業は国家と同様、成功だけでなく失敗の条件を分析しなければなりません。競争相手を研究し、いかにして勝つかを検討することも重要です。その上で、ビジョンや目標を掲げることになります。
 しかしその際、上層部が「ビジョンを掲げて願っていれば実現する」と思い込めば危険です。失敗の条件を分析する姿勢が失われる他、目標を達成できない要因の検討がタブー視され、異議を唱える者が排除されることも起こり得ます。
 願うだけでは何も守れない ―― 。この誠実なメッセージは、国家運営のみならず、組織を率いるリーダーにとっても胸に刻むべき教訓といえるでしょう。

 『国民のための戦争と平和』は、この他にも「戦争と平和は、文明が生み出した制度である」「戦争より合理的な国際紛争の解決手段はまだ存在しない。もしそれが考案されれば戦争は消滅する」といった、戦争と平和に関する本質的な論点が語られています。
 本書の初版刊行は1981年。半世紀近くも前の本ですが、世界各地で争いが絶えず起きる今こそ、小室氏の言葉に耳を傾けるべき時期に来ているのではないでしょうか。

(編集部・小村)

*  *  *

 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2018年6月号掲載

国民のための戦争と平和

小室直樹氏は言う。「第2次大戦は、『平和主義者』の巻き起こした戦争である」。第1次大戦後、欧州各国に登場した平和主義者は、かえって平和の基礎を掘り崩し、戦争への道を切り開いた。こうした歴史の矛盾を指摘しつつ、戦争・平和について説いた書である。「戦争は高度に文明的な制度」など、目から鱗の指摘がなされる。

著 者:小室直樹 出版社:ビジネス社 発行日:2018年2月
閉じる

ネット書店へのリンクにはアフィリエイトプログラムを利用しています。

このPick Up本を読んだ方は、
他にこんな記事にも興味を持たれています。

一覧ページに戻る