2026.5.25

編集部:西田

混迷を続ける中東情勢 イスラエルは何を考え 今後どう行動するのか? そのヒントを示した書

混迷を続ける中東情勢 イスラエルは何を考え 今後どう行動するのか? そのヒントを示した書

緊迫化する中東情勢

 イスラエルとアメリカがイランを先制攻撃してから、間もなく3カ月が経ちます。

 この間、イランの最高指導者ハメネイ師の殺害、イランによるホルムズ海峡の封鎖、さらにアメリカによる逆封鎖など、世界の政治・経済に大きな影響を与える事態が相次いで起こりました。

 停戦に向けた協議も行われたものの、イスラエルがレバノンの武装組織ヒズボラを攻撃したことにイランは反発。一方のアメリカ側も、イランからの和平案を「ごみのような文書」と酷評するなど、戦闘終結までの見通しはいまだ不透明です。

 

 今後、中東情勢はどうなるのか――。

 その行方を左右するのは、イスラエルではないかと思います。同国の思惑は、どのようなものなのでしょうか。

 今週Pick Upするのは、それを知るための参考になる本、『ガザ紛争の正体』(宮田 律 著/平凡社 刊)です。

中東秩序の崩壊を予言した書

 本書は、タイトルから単なる「ガザ紛争本」と思われるかもしれません。

 しかし実際に読んでみると、イスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスの対立のみを解説しているのではなく、中東全体の構造的問題について分析していることがわかります。

 例えば、アメリカ・イスラエルとイランの関係について、本書にはこのような記述があります。

 

ネタニヤフ首相を含めたイスラエルの極右勢力は、「イスラエル国家の抹殺」を唱えて核エネルギー開発を進めているイランに対する攻撃を唱導してきた。(中略)

アメリカ・トランプ政権のボルトン補佐官は2015年にイランの核の脅威を除くには、イランのアヤトラ(アーヤトッラー:高位聖職者)たちを排除することだと述べた。2019年のイラン革命記念日のビデオ・メッセージでは、イランのハメネイ最高指導者に向けて、今後それほど多くの革命記念日を祝うことはできないだろうと語りかけた。

(『ガザ紛争の正体』186ページ)

 

 この恐ろしいビデオ・メッセージは、7年後に第二次トランプ政権下で現実のものとなったわけで、本書はその実現をガザ紛争の時点で見抜いていたともとれます。

 ではなぜ、それが可能だったのか。

 

 カギとなるのは、「イスラエルの極右勢力」の世界観です。

 本書によれば、現在のイスラエルの右派は単なる保守主義ではありません。彼らは、「パレスチナ全域をユダヤ人が支配する」という領土的絶対性を説く「修正シオニズム」のイデオロギーを信奉し、アラブ人との妥協は危険という考え方を取っています。そして武装闘争こそがユダヤ人国家を確保できる手段だと考え、周辺国家に対する先制攻撃を正当化します。

 ガザ攻撃はその延長線上にあるものであり、今年に入ってイランやレバノンで起きていることも、この論理が適用されたものに他なりません。

 

 この考え方は、それ自体が敵を無限に増殖させていくという欠陥を抱えていますが、より問題なのは、その手法です。

 『ガザ紛争の正体』は、イスラエルの軍事ドクトリンを「ダヒヤ・ドクトリン」と呼んで批判します。

 ダヒヤとは、レバノンの首都ベイルート郊外の村の名前。2006年のイスラエルとレバノンのヒズボラとの戦争の際、イスラエルがこの村に対し徹底的な爆撃を行ったことから、この名前がつきました。

 この攻撃でイスラエルは、橋や下水処理場、発電所、病院や学校など、社会生活に不可欠なインフラを破壊し尽くし、村は瓦礫と化しました。およそ1000人の民間人が死亡し、その3分の1が子どもだったといいます。

 

 なぜ、イスラエルはこうした非人道的な攻撃を行ったのか。本書は、次のように分析しています。

 

テルアビブ大学の国家安全保障研究所(INSS)のギオラ・エイランド上級研究員は、「(次にヒズボラと戦争する際には)レバノンに深刻な損害を与え、住宅やインフラを破壊し、何十万もの人々に苦痛を与えることが、何よりもヒズボラの行動に影響を与えられる」と述べた(中略)。イスラエルが2023年10月に始まるガザ攻撃の際にまずガザへの水や電力の供給を止めたのも、「ダヒヤ・ドクトリン」の一環であることは間違いない。

(『ガザ紛争の正体』141ページ)

 

 実際に、2024年以降も、イスラエルはレバノンで無差別攻撃を繰り返しており、住宅地や民間インフラの破壊とともに民間人の犠牲者も出しています。

 今回のイランへの攻撃でも、トランプ大統領はイランの橋や発電施設といったインフラを破壊することを、たびたび脅しのような形で表明しています。これらの発言は、当然イスラエル側の考えも踏まえたものでしょう。

 これは、ダヒヤ・ドクトリンが今日も用いられていることを意味するのではないでしょうか。

 

 2026年4月、イスラエルのネタニヤフ首相は、ホロコースト犠牲者の追悼式典で「イランの核兵器開発を許さない、第2のホロコーストは起こさせないと約束した通り、イランに最大限の打撃を与えた」などと演説しました。

 「第2のホロコースト」を防いだとの主張ですが、実際にダヒヤ・ドクトリンの下で行われているのは非人道的な攻撃であり、ホロコーストの犠牲者が新たな加害者となる構図です。

 イラン、レバノンに続くイスラエルの次の目標が、イエメンのフーシ派なのか、シリアの民兵集団なのか、それとも他のどこかなのかはともかく、イスラエルがダヒヤ・ドクトリンを続ける限り、犠牲と加害の連環は続き、地域の安定は訪れないでしょう。

 『ガザ紛争の正体』が示すイスラエルの対外的な基本思想は、中東全体のこれまでとこれからを読み解く上で大いに参考になるものです。ガザ紛争やイランとの武力衝突の後、中東がどうなるかを考える上で、ぜひ今読んでおきたい本といえるでしょう。

(編集部・西田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2024年6月号掲載

ガザ紛争の正体 暴走するイスラエル極右思想と修正シオニズム

2023年10月7日、イスラーム主義組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃した。それは一見、パレスチナ側の暴挙にも思えるが、中東問題に詳しい著者は「起こるべくして起きた」と指摘。パレスチナ人に対する差別・虐待、暴走するイスラエル政権…。泥沼化するガザ紛争の実態と、背景にある歴史的、思想的要因を描き出す。

著 者:宮田 律 出版社:平凡社(平凡社新書) 発行日:2024年4月
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