新刊書を数多く読み、紹介する者として、非常に悲しいニュースを目にしました。
調査研究機関の出版科学研究所によると、2025年の紙の書籍・雑誌の推定販売金額が前年比4.1%減の9647億円となり、1975年以来50年ぶりに1兆円を下回ったそうです。売上がピークだった96年の2兆6564億円と比べると、現在は4割以下の水準に落ち込んでいるといいます(「紙の書籍・雑誌の推定販売金額、50年ぶり1兆円割れ…雑誌の落ち込み際立つ」/読売新聞オンライン2026年1月26日)。
確かに、街を歩いていても、本を手にしている人を見かけることは少なくなりました。娯楽があふれる現代において、「なぜ本をわざわざ買って読まなければならないのか」と感じる人が増えるのも、自然な流れでしょう。
そこで今週は、この問いを考える上で参考になる本として、田坂広志氏の『教養を磨く 宇宙論、歴史観から、話術、人間力まで』(光文社 刊)をPick Upしたいと思います。
本を読む「理由」が変わった
なぜ、私たちは本を読まなければならないのでしょうか。
多くの人がまず思い浮かべるのは、「教養」を身に付けるため ―― 様々な専門知識を学ぶ、柔軟な思考力を養う ―― といった理由ではないでしょうか。
しかし現在では、本に書かれているような知識も、インターネットや生成AIを通じて容易に学ぶことができます。難しい本を読まなくても、テレビの教養番組やYouTubeを通じて専門知識を手に入れることも可能です。
田坂氏も『教養を磨く』の中で、同様の指摘をしています。その上で、こうした環境の変化の中で、次のような教養の「深化」が求められると述べています。
現代は、AI革命の結果、個別の専門知識だけなら、AIが、世界中の最先端の知識を、分かりやすく教えてくれる時代になった。
その結果、人間の価値は、様々な専門知識を持っていることではなくなる。
では、「知識」が人間の価値でなくなるのであれば、何が価値となるのか。
「知の生態系」である。(『教養を磨く』 6ページ)
すなわち、「1つのテーマ」「1つの問い」を中心に、様々な知識と叡智が結びついた、個性的な「知の生態系」を持つことが、その人の価値になっていくというのです。
この指摘を踏まえると、今、本を読む目的は、単に専門知識を得ることではなく、人間にしかつくれない、独自の「知の生態系」を育てるためだと考えられます。
おすすめは「SF文学」
では、「知の生態系」を育てるために、どのような本を読めばよいのでしょうか。
田坂氏は、文学作品、なかでもSF(空想科学)文学を読むことを勧めています。
過去の歴史が経験したことのない状況に人類が直面していく時代において、我々が未来を知るためには、「経験」に依拠した社会科学には限界があり、「想像」に依拠した文学、特にSF文学が大きな役割を果たすことになるだろう。
(『教養を磨く』 41ページ)
田坂氏によれば、現代は、過去に経験したことのない出来事に人類が次々と直面しているため、歴史を学んだり、過去の経験に基づいて社会を分析したりするだけでは、未来を十分に見通すことが難しいといいます。
その一例として本書で挙げているのが、クローン技術です。この技術が発達すれば、将来、人間は自分のクローンを持つことも可能になるかもしれません。しかし、そうした社会で何が起きるのか、人類はこれまで一度も経験していません。そのため、歴史から「正解」を導き出せるとは限らない、というのです。
こうした「過去の経験」の限界を考える時、深い示唆を与えてくれるのがSF文学だと、田坂氏は指摘します。SF作品は、まだ現実になっていない未来を想像し、「もしそれが現実になったら、そこで何が起こるか」を、巧みに描き出しているからです。
実際、SFの世界で描かれてきたものの中には、携帯電話やビデオ通話、ドローンなど、後に現実となった技術が数多くあります。
日常生活では思いつかない発想や創造力を養うためにも、SF作品を読んでみる価値はあるでしょう。ちなみに『TOPPOINT』では、SF特有の思考法をビジネスに活用する方法を説いたビジネス書、『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』(藤本敦也 他編著/ダイヤモンド社 刊)を過去にご紹介しています。なかでも「SF作家の思考法」は、既存の枠にとらわれず、未来を構想する上で、大いに参考になるはずです。
本を読む時には「深い問い」が重要
田坂氏は『教養を磨く』の中で、自分らしい「知の生態系」を生み出すための読書法も紹介しています。それは、「深い問い」を持つことです。
「人間とは何か」「社会とは何か」「幸せとは何か」「死とは何か」 ―― 。こうした、容易には答えの出ない問いを心に抱きながら、本を読むことが大切だといいます。
我々の心の中に「深い問い」があれば、それが強い磁石となって、自然に様々な知識や叡智が集まってくる。そして、1つの生態系を生み出していく。
(『教養を磨く』 335ページ)
ただし、その際に重要なポイントが2つあると、田坂氏は言います。
1つは、「専門の垣根」を超えることです。
例えば、「死とは何か」という深い問いを心に抱いたとする。そのとき、(中略)「生物学的死」「医学的死」「人格的死」「社会的死」、さらには「人類の死(滅亡)」「宇宙の死(終焉)」といった視点から見つめることである。
(『教養を磨く』 336ページ)
もう1つは、「ジャンルの垣根」を超えること。
「死とは何か」について考えるとき、「専門書で語られた死」「文学で語られた死」「映画で語られた死」「漫画で語られた死」などを区別せず、重層的な視点で見つめ、思索することである。
(『教養を磨く』 336ページ)
私たちは知識を得ようとする時、つい、自分の興味・関心のある分野や、慣れ親しんだ媒体に偏りがちです。しかし、田坂氏の指摘を受けるならば、問いへの答えを探すためには、食わず嫌いをせず、また媒体にもとらわれず、複層的な視点で思索を深めることが欠かせないということがわかります。
*
田坂氏は本書の「はじめに」で、次のように述べています。
真の「教養」とは、本来、多くの本を読み、様々な知識を学ぶことではなく、そうした読書と知識を通じて、「人間としての生き方」を学び、実践することである。
(『教養を磨く』 P3)
言い換えれば、読書はこれからの時代においても、「人間としてどう生きるか」を考え、実践するための重要な手段であり続けるということではないでしょうか。
多くの人が本を読まなくなった今だからこそ、あえて本を手に取ってほしいと思います。その1冊が、どこかで別の知識や智恵と結びつき、新たな発想を生み出すきっかけになるかもしれません。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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