2026.1.19

編集部:小村

AIが進出する職場での人間のあり方とは? 楽観でも悲観でもない立場から提言した1冊

AIが進出する職場での人間のあり方とは? 楽観でも悲観でもない立場から提言した1冊

AIは労働力不足の救世主か?

 「我々は人がやらない仕事を担ってくれる『AI移民』を受け入れる必要がある」
 こう発言したのは、エヌビディアのCEOジェンスン・ファン氏。2026年1月6日から9日までアメリカ・ラスベガスで開催された、世界最大級のテクノロジー見本市「CES」でのことです。

 ファン氏はCESの記者会見で、世界人口が減少に転じることによって起きる数千万人単位の労働力不足を補うために、製造業などではロボットの導入が不可欠であるという持論を展開したといいます(「AIロボットは労働力補う「移民」か CESの現場で聞いた雇用への影響」/日本経済新聞電子版2026年1月8日)。

 ファン氏の発言は、AIと雇用をめぐる現在地を象徴しているといえるでしょう。先進国を中心に人口減少と労働力不足が深刻さを増すにつれ、AIやロボットは「人間の仕事を奪う」存在から、経済成長を支える、新たな労働力になるという好意的な存在へと変わりつつある ―― 。そんな印象を受けます。

 AIは、労働力不足を補う救世主なのでしょうか? それとも、やはり脅威なのでしょうか?
 しかし現実は、そのいずれかに割り切れるものではありません。今、私たちが考えるべきは、こうした「二項対立」からの脱却かもしれません。

 今回は、そのためのヒントを与えてくれる本をPick Upします。『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニストが、AIと人間との関係を冷静な視点で考察した、『AIが職場にやってきた 機械まかせにならないための9つのルール』(ケビン・ルース 著/草思社 刊)です。

楽観でも悲観でもない、「サブオプティミズム」

 本書の特徴は、AIに関して「二項対立」に陥ることなく議論を展開している点にあります。その立場について、著者は次のように述べています。

 

私の立場は「サブオプティミズム」(楽観未満)と呼ぶべきものだ。これは私が自分の考えを表現するのに作った言葉で、AIや自動化に対する最大の恐れは現実とならないかもしれないが、注意を向けるべき差し迫った現実の脅威は存在するという見方を表す。

(『AIが職場にやってきた』 48~49ページ)

 

 著者自身は、テクノロジー自体についてはさほど心配していないと言います。AIや自動化によって多くの人の暮らしはよくなるはずだ、と。
 では、心配する点はどこにあるのでしょうか。それは「人間」の側にあります。

 

私は、こうした新しいテクノロジーを設計し実装する人間に対して、はるかに強い不安を抱いている。(中略)利益に飢えた企業役員や夢見がちな起業家らがAIを熱心に取り入れるのを私は見てきた。彼らの多くは、労働者が悪影響を受けるリスクや職を失うリスクをわざと控えめに語っている。

(『AIが職場にやってきた』 49ページ)


 冒頭でご紹介したファン氏の発言を目にした時、私の頭に浮かんだのは本書のこの部分でした。

「AI楽観論者」の主張に反論する

 本書では、AIに対して楽観的な見方をする人々の主張を、次の4点にまとめています。

 

  • 1.「以前にも同じことがあり、最終的にはよい結果に至った」
  • 2.「AIは退屈な作業を人間の代わりにやってくれるので、人間の仕事はもっとよいものになるだろう」
  • 3.「人間とAIは競うのではなく協力する」
  • 4.「人間には無限の需要があるので、AIが大量失業を引き起こすことはない。未来には、今の私たちには想像もできないような新しい仕事が生まれるだろう」

(『AIが職場にやってきた』 43~47ページより抜粋)


 そして著者は、それぞれの主張に対して反論を試みています。
 例えば、4について見てみましょう。これとよく似た主張は、先ほどご紹介した日経新聞の記事の中にも見られました。記事によれば、ある中国スタートアップのCEOは、「AIがもたらす効率性は人から仕事を奪うが、例えばロボットを作ったり修理したりする新しい仕事も生まれる。悲観的な影響はない」、と話していたそうです。

 「新しい仕事が生まれる」という主張に対して著者は、もしそうだとしても、それが失われた仕事を穴埋めできるほどふんだんにあるのか、また新しい仕事が生まれるまでに空白期間がどのくらいあるのか、という点が重要であると述べています。

 確かに、「ロボットの製造・修理」といった新しい仕事は今後生まれるかもしれません。しかしそれが、労働者の失った仕事を補うだけの雇用を創出できるかどうかは未知数です。ロボットの製造や修理すら、AIやロボットが担う可能性の方が高いかもしれません。

 この本の「はじめに」では、仕事を自動化することで「人員を今の1%まで減らせないか」とコンサルタントに相談する、ある役員の発言を紹介しています。こうした、従業員への影響を一顧だにしない上層部が数多くの企業に存在するような世界では、AIへの楽観的な見方は危険だといわざるを得ないでしょう。

未来に備えるためのルール

 では、AIが私たちの仕事に入ってくる時代、人はどうあるべきなのでしょうか。著者は機械にできないことができるように、人間ならではのスキルを強化することが重要であると説きます。そして、未来に備えるための手立てとして「9つのルール」を紹介します。

 ルールには、「意外性、社会性、稀少性をもつ」「機械まかせに抗う」「痕跡を残す」「機械時代の人間性を理解する」などがあります。詳しくは本書をお読みいただければと思いますが、この中でも、私は「意外性、社会性、稀少性をもつ」点が重要だと思いました。

 著者は、想定外の事態に対処したり、ルールや情報の欠如した環境で働いたりすることなどは、人間の方が格段にうまくやれる、と説きます。そして、そうしたスキルを持った人として救急治療室の看護師や、刑事などの職業を挙げています。

 ただ、想定外の事態や厄介な問題に対処する力は一朝一夕に身につくものではありません。しかもビジネスパーソンの仕事には、反復的な作業も多く含まれます。それゆえに、こうしたスキルは意識的にトレーニングする必要があるといえます。
 著者は、意外性、社会性、稀少性をもつために、例えば家庭内で次のようなことに取り組むことを目標にしているといいます。

 

意外性:特に理由がなくても花を持って帰る
社会性:何年も話していない古い友人に電話する
稀少性:自分の知っている人が誰も読んでいない本を読む

(『AIが職場にやってきた』 288ページの表より抜粋)


 この中では、私も意外性の点について、似たようなことをしています。私の場合、家に持って帰るのは花ではなく、「地方のお土産」です。実は、乗換駅の構内に催事場があり、期間限定で日本各地の物産展が開かれているのですが、そこで時々、ご当地名物のお菓子などを買って帰るようにしています。

 今まで知らなかった地方のお菓子を見つけることは、自分にとってよい刺激になりますし、家族と食べることで新たな会話も生まれます。なんでもないことのようですが、こうした経験の積み重ねが、新たな発想や人間ならではのスキルの強化につながるのかもしれません。

 『AIが職場にやってきた』は、「今すぐ転職すべき」「○○を学べ!」といったビジネス書にありがちな、即効性のある処方箋を与えてはくれません。その代わりに、「どんな姿勢でAIと向き合うか」「どんな人間であろうとするか」という、より根本的な問いを投げかけてくれます。
 これからのキャリアにおいて、ビジネスパーソンとしての自分の価値をどのように高めていくべきか ―― 。その問いに向き合うための、良き伴走者となってくれる1冊といえるでしょう。

(編集部・小村)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2023年5月号掲載

AIが職場にやってきた 機械まかせにならないための9つのルール

AIは、人間の未来をより良いものにしてくれるのか? 多くの「楽観論者」の主張を検討した著者は、全面的な楽観はできないと言う。そう考える原因は、テクノロジー自体にあるのではない。AIを都合よく利用する“人間”の側にある。自動化が進む世界で人はいかにあるべきか。『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者が問い直す。

著 者:ケビン・ルース 出版社:草思社 発行日:2023年2月
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