
7月30日の早朝、ロシア・カムチャッカ半島付近でマグニチュード(M)8.7の巨大地震が発生しました。これは1900年以降、世界で8番目に大きな地震とされ、津波も発生(「カムチャツカ半島地震、太平洋沿岸の広範囲で津波警戒 規模歴代8位」日本経済新聞2025年7月30日)。
日本列島の広範囲で津波警報や注意報が発表され、テレビやスマホから流れた警報音に肝を冷やした人も多いのではないでしょうか。
そして8月3日には、同じくカムチャツカ半島のクラシェニンニコフ山が噴火。ロシア通信は、この噴火が約600年ぶりであり、7月30日の地震と関連している可能性があると報じました(「カムチャツカで火山噴火 600年ぶり、地震関連か」Yahoo!ニュース2025年8月3日)。
地震に津波に噴火 ―― これは決して他人事ではありません。日本で今後起こるとされている、「首都直下地震」や「南海トラフ巨大地震」、そして「富士山噴火」は、ほぼ同時に起こるおそれがあるというのです。
この最悪のシナリオに警鐘を鳴らすのが、今週pick upする1冊『首都防衛』(宮地美陽子 著/講談社 刊)です。著者は、東京都知事の特別秘書として、都の防災政策を見てきた宮地美陽子氏。東京という巨大都市を襲う“異次元の災害”への対策の必要性を説きます。
過去にも起きた「大連動」
宮地氏は、複数の大災害が続くケースを「大連動」と名付けています。そして本書には、今から320年ほど前の江戸時代に、その「大連動」はすでに起きていると記されています。
本書によると、1703年、現在の関東地方を急襲した「元禄地震」は、推定最大震度7。死者は1万人を超え、10メートルを超える津波が沿岸を襲ったと伝わります。
その4年後には、駿河湾から四国沖にかけての南海トラフ沿いで「宝永地震」が発生。これも最大震度7、死者は2万人を超えたと伝えられています。
さらに翌日には富士山東麓で地震が発生し、49日後に富士山の噴火活動が始まります。
大量の火山灰が飛来し、地震による被害が少なかった関東平野でもダメージが生じた。この「宝永大噴火」は2週間も断続的に続き、江戸にまで火山灰は降り積もっている。
(『首都防衛』5ページ)
こうした歴史を踏まえ、宮地氏は、今後の日本にも「首都直下地震」「南海トラフ巨大地震」「富士山噴火」の大連動が起こり得ると警告しています。
首都直下地震は何が怖いのか
9月1日の「防災の日」の起源となった1923年の関東大震災は、M7.9と推定され、10万5000人以上の死者・行方不明者を出し、甚大な火災と津波を引き起こしました。
では、現代の東京が再び大地震に見舞われたらどうなるのでしょうか。宮地氏は、国の中枢機能が集中する首都に地震が直撃すれば、行政も経済も機能停止に陥るリスクを指摘しています。
道路寸断や火災の延焼といった被害の拡大も考えられ、首都機能をどこまで保つことができるのかは未知数だ。
(『首都防衛』31ページ)
さらに、宮地氏は、日本銀行や主要金融機関の本店、上場企業の本社、外資系企業の日本支社などが集中する東京の社会経済システムが損なわれれば、負の影響は増幅しながら日本全体に広がる、と続けます。
東京都は2022年5月に公表した首都直下地震の被害想定で、直接被害額を21兆5640億円としている。
(『首都防衛』36ページ)
この金額は、建物やインフラなどの直接的な経済被害だけの推計であり、企業の生産活動やサービスの低下といった間接的被害を含めると、国家予算に匹敵するダメージを受ける可能性があるそうです。
外国人観光客でにぎわい、高層ビルやタワマン、大型商業施設が林立する巨大都市が壊滅的な状況に陥れば、日本経済の損失もはかり知れません。
“巨大都市”というリスク
東京という都市の特性は、災害時に多くの弱点となって現れます。宮地氏はいくつかのキーワードに分け、その危うさを指摘します。
①港のリスク
東京湾は、1日あたり約200隻強の中・大型船舶が行き交う、世界有数の海上交通過密地域。東京湾が大地震に襲われると、湾岸部のコンビナートに危機が迫ります。
東京湾岸をはじめとするコンビナートは、埋め立て地が揺れた場合、重油や原油タンクから漏れが生じ、燃えたり海に流出したりする危険がある。
(『首都防衛』39ページ)
②突き上げる揺れ
首都直下地震が怖いのは、前兆もなく突き上げるような縦揺れが始まる点です。家の倒壊まではわずか3〜7秒。震源近くであれば緊急地震速報も間に合わないといいます。
③密集地域の火災
都市部には、老朽化した木造住宅が密集する「木密地域」が多くみられます。消防車や救急車の進入が困難なところも多く、同時多発的に火災が発生すれば、消火活動は難しいと予想されます。
④帰宅難民
首都直下地震が発生した場合、職場や外出先から自宅に戻ることができない「帰宅困難者」は約453万人にも達すると予想されています。駅周辺は群衆による二次被害の危険性も高まります。
東京都は地震発生時の一斉帰宅による混乱を防ぐため、(中略)発災時にはむやみに移動せず、職場や学校などで3日間待機するよう呼びかけている。
(『首都防衛』77ページ)
『首都防衛』は、この他にも、医師や病床不足から治療が間に合わない「未治療死」の発生や、危険なコンクリートブロック塀の存在、通信手段が絶たれるリスクにも触れ、読み手に「備え」と「覚悟」を促します。
「備え」は、“最悪”を想定するところから始まる
もちろん、恐ろしいのは首都直下地震だけではありません。
宮地氏は、南海トラフ巨大地震や富士山噴火に関する被害想定にも言及しています。さらに、過去の災害から得られた「10の教訓」を提示。過去の記憶と教訓を活かして、次の災害への備えを促します。
「大災害は忘れたころにやってくる」とよく言われます。しかし現実には、私たちは日々の忙しさの中で、想像を先送りしがちです。
「その時」が来るのは、会社にいる時かもしれませんし、電車に乗っている時、エレベーターに乗っている時かもしれません。もしかしたら寝ている時かも…。さらに家族と一緒にいない場合、通信手段がなくても各々がどのように行動するか、話し合っておく必要があるでしょう。
宮地氏が最新の被害想定をもとに描いた「最悪のシミュレーション」は、強烈な現実感を私たちに突き付けてきます。気になる方は、ぜひ、『首都防衛』を読んでみてください。目を背けがちな「最悪」を直視し、そこから目をそらさずに行動することの大切さを伝えてくれます。9月1日の「防災の日」だけでなく、折にふれて何度も読み返したい1冊です。
(編集部・福尾)
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