本棚がほしい…。年末の大掃除の時期になると、私はいつも同じ悩みに直面します。
今年もまた、多くの本を購入してしまいました。ところが、本棚はそれに応じて勝手に増えてくれるわけではありません。テトリスのように並べた本と棚板の隙間に本を詰め込んだり、タテヨコ気にせず押し込んだりと、あの手この手でなんとか収納しています。ですが年末になると、もうこれ以上入らない、という状態になるのです。
「もう1つ本棚があれば、こんな悩みなど解決するのに」と思いながら、この時期になると、つい家具の通販サイトを眺めたりしてしまいます。しかし、自宅のスペースの問題もあり、毎年涙を呑んで本を処分する結果に。
本に限らず、服や趣味のコレクションなどで、同じように悩んでいる人はいらっしゃるのではないでしょうか。
このように、「いかに足すか」ということで悩む私ですが、2025年12月10日付の日本経済新聞電子版の記事「ノーベル賞を射止めた引き算思考 坂口・北川氏、失う恐怖の呪縛解く」を読み、考えさせられました。
「何を引くか」の発想でノーベル賞
その記事では、今年ノーベル賞を受賞した日本の科学者2人(坂口志文氏と北川進氏)に共通するのが、「何を足し合わせるか」ではなく、「何を引くか」の発想だった、と紹介されていたからです。
例えば、ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口氏。氏の受賞理由は、免疫の過剰な働きを抑える細胞「制御性T細胞」の存在を発見したことでした。
日経新聞の記事によれば、これまでの免疫学は、病原体を追い払う免疫反応をどのように強くするか、という考えが主流だったそうです。ところが、坂口氏は「いかに免疫力を抑えるか」という逆の立場で臨み、制御性T細胞の存在を突き止めたといいます。
こうした成功エピソードは、私たちが無意識に陥りがちな「足し算思考」から抜け出すためのヒントを与えてくれます。「引き算思考」の重要性は、日常やサイエンスの世界に限らず、ビジネスの世界においても当てはまるでしょう。
そこで今回は、マーケティングの研究者が、ビジネスを成功に導く「引き算」の思考法と実践法を教えてくれる本、『引き算する勇気 会社を強くする逆転発想』(岩崎邦彦 著/日本経済新聞出版社 刊)をPick Upします。
2015年に刊行された本書は、TOPPOINT大賞の前身である「読者が選ぶベストブック」2015年下半期で第3位に選ばれました。現在は「日経ビジネス人文庫」に収録され、ビジネス書としてロングセラーとなっています。
「引き算」企業
現代の企業にとって大切なのは、「売り込む力」ではなく「人を引きつける力」 ―― 。著者の岩崎邦彦氏はそう述べています。
では、企業が人々を引きつける力、すなわち「引力」を持つにはどうすればよいのでしょうか。著者はこう説きます。
もっともシンプルで効果的なのは、「引き算」だろう。引き算によって、本質的な価値が引き出され、顧客を引きつけることができる。
(『引き算する勇気』 26ページ)
実際、著者が実施した「全国消費者1000人調査」のアンケート結果からは、消費者の多くが、製品の機能や商品情報を「多すぎる」と感じていること、そしてシンプルな商品を求めていることが浮かび上がっています。
ところが、消費者の望みとは裏腹に、多くの企業は機能や情報を「足し算」しようとしている、と著者は指摘します。その理由として、「増やせばリスクが分散する」という勘違いや、短期的な売上を追ってしまう姿勢などを挙げています。
皆さまの会社では、そうした「足し算」戦略を進めていないでしょうか?
「引き算」の思考方法
では、引き算で成功するためには、どのような思考スタイルを持つべきなのでしょうか。著者は『引き算する勇気』で、「引き算の思考」をいくつか紹介しています。
その1つが、「核となる商品」(核商品)をつくることです。
著者は、引き算に成功するためには「核となる商品」が欠かせない、といいます。核商品がない企業が引き算を続けたら、最終的に何も残らなくなってしまいます。何かを引き算するということは、別の何かに徹底的にこだわるということなのです。
それがわかる事例として、本書では2店のパスタレストランのキャッチコピーを比較しています。
A店「いろいろな種類のパスタがあります」
B店「ウニクリームスパゲッティーが人気です」(『引き算する勇気』 81ページ)
この2店、どちらが繁盛しているかわかりますか?
著者は「答えは…、言うまでもないだろう」としていますが、やはりB店でしょう。
私も、低価格で高音質のイヤホンを探していた際、実際に購入したのは家電量販店ではなく、「イヤホン専門店」でした。
このように、核商品が明確だと、何を引き算すべきか、逆に何を引き算してはいけないのかが判断できると著者はいいます。核商品が明確なら、その価値とは無関係な要素などを積極的に引き算していくことができるからです。
「良い引き算」と「悪い引き算」
ただし著者は、引き算を行う際には注意すべき点があると指摘します。それは、引き算には「良い引き算」と「悪い引き算」がある、ということです。
では、その違いはどのように見分ければよいのでしょうか?
著者は次のように述べています。
もっともシンプルかつ重要な判断基準は、引き算することで、顧客にとって新しい価値が生まれるか、否かである。
引き算によって、新たな価値や他にない価値を生み出すのが「良い引き算」だ。価値が増加するため、新たな顧客の創造にもつながる。一方、「悪い引き算」は、顧客にとって新たな価値を生み出さない。それどころか、価値を減少させてしまうこともある。(『引き算する勇気』 120ページ)
新たな価値を生み出す「良い引き算」の戦略については、本書で詳しく解説されていますので、そちらをお読みいただければと思います。「何を売らないか」「誰に売らないか」「何をやらないか」といった視点から、引き算によっていかに価値を生み出すのかを、アップルやCoCo壱番屋、QBハウスなどの豊富な事例とともに紹介しています。
著者は、資源の限られた中小企業においては、引き算戦略を用いることで大企業に負けない顧客価値を生み出すことができる、と述べています。その意味で本書は、特に中小企業の経営者層に参考としていただきたい1冊です。
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なお、TOPPOINTライブラリーでは、『引き算する勇気』の著者、岩崎邦彦氏の本として、『小さな会社を強くする ブランドづくりの教科書』『小が大を超えるマーケティングの法則』(いずれも日本経済新聞出版社 刊)もご紹介しています。実践的なマーケティングを学びたい方は、ぜひそちらもお読みください。
ノーベル賞科学者や本書にならい、私も年末の掃除は「引き算思考」で臨むことにしましょうか…。
(編集部・小村)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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