高市早苗氏が内閣総理大臣に
2025年10月21日、高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に選出されました。ここまでの1カ月を振り返ると、自民党総裁選での下馬評を覆しての高市氏勝利、自民党と公明党の26年にわたる連立政権の終了、さらには野党大連立の可能性など、わずかの期間に様々な動きがありました。
メディアでも連日報道され、多くの人々が政治に注目した1カ月だったのではないでしょうか。それは同時に、日本の政治が大きく変わるのでは、という期待や不安とも表裏一体の注目だったように思います。
そして、「政治の変化」ということを考えた時、この1年の間に、日本の政治は大きく変わったといえるでしょう。
今週は、そのことがわかる本、『ネット世論の社会学 データ分析が解き明かす「偏り」の正体』(谷原つかさ 著/NHK出版 刊)をPick Upします。
ネット上の多数派は現実の多数派ではない?
『ネット世論の社会学』は、メディア・コミュニケーションの専門家が、客観的なデータや学術的な理論をもとに「ネット世論」を解剖した本です。
本書は、ネット上で批判される政党が選挙で勝利した事例などから、ネットでは多数派のように見える意見が、実際は必ずしもそうでないことを示し、ネット世論とは何か、そしてそれへの向き合い方について説いています。
実例として挙げるのが、2021年の衆議院議員選挙です。著者がX(旧Twitter)空間の「自民党」「自民」「自由民主党」を含む投稿(合計364万2551ポスト)を分析したところ、以下のようなことが明らかになったといいます。
結果は、全投稿の過半数(51.7%)が反自民党でした。次いで多いのは、ニュートラル・態度不明に分類される投稿(31.1%)、親自民党に分類される投稿は一番少ないという結果になりました(17.2%)。(中略)
次にこれを、実際の選挙結果と比べてみましょう。(中略)
2021年衆議院選挙においては、自民党が多くの議席を獲得しました。自民党に投票した多くの人は、X上では少数派だったのです。X上の世論と選挙結果には大きな乖離があります。
(『ネット世論の社会学』 75~76、82ページ)
本書は、こうした乖離が生じる原因を、ネット上では自民党を嫌いな層の声が大きい一方、実際にはネット上に意見を投稿しない「どちらかといえば好き」「どちらともいえない」といった層が多いからだとしています。
変わるネット世論の位置付け
ただ、こうした状況は、本書出版後、大きく変わりました。
本書の出版は2024年8月ですが、自民党はその後、10月の衆議院議員選挙、2025年6月の東京都議会議員選挙、そして7月の参議院議員選挙と「3連敗」。SNSを積極的に活用し、ネット上で支持を集めた国民民主党や参政党が躍進したのは、記憶に新しいところです。
つまり、ネット世論と現実の選挙結果の間の乖離が、縮まってきているのです。
メディアに対する認識についても、変化がみられました。
本書は、ネット世論について、「マスメディアはネットより中立公正」という認識を示しています。
私が各政治イベントに際して行った投稿分析の中でよく目にしたのが、マスメディアへの不信です。マスメディアは偏っている、政府に忖度している、ネットにこそ真実がある、このような投稿が散見されました。(中略)
しかし原理的に考えて、マスメディアはネットよりははるかに中立公正です。
テレビ・ラジオに関しては、法律により政治的に公平であることが求められています。(中略)法律で明示的に中立が求められているので、偏向報道をするハードルが高いのです。
(『ネット世論の社会学』 219~220ページ)
しかし、実際にはこれもそうとはいえないことが明らかになりました。
この1カ月だけで見ても、高市自民党総裁の記者会見で待たされた一部報道関係者が「支持率が下がるような写真しか出さねえぞ」と発言したり、著名なジャーナリストがテレビの討論番組で参加者に「(高市氏に)死んでしまえ、と言えばいい」などと述べたりし、いずれも炎上しました。
現実にはこうした発言はこれまでも内々に行われてきたのかもしれませんが、それが公に発信されることは別問題であり、いわゆる「オールドメディア」に対する信頼を失わせるに十分でしょう。これらの発言への批判がSNSを起点に広がり、発言者らの謝罪に至ったことも、「マスメディアは偏っている」「ネットにこそ真実がある」という風潮を加速させているように思います。
これらのことから見ても、『「ネット世論」の社会学』が前提としてきた社会状況は、もはや当然には妥当しないようになっていると考えられます。
ネット世論と選挙結果が一致する時代に
では、『「ネット世論」の社会学』は、もはや今日の社会にそぐわない本なのでしょうか?
そうではありません。
本書は、「はじめに」において、ネット世論と選挙結果が一致する時代の到来を予見しています。そして、そうした時が訪れた際には、この書は「ネット世論と選挙結果が一致しなかった時代の資料」として読まれるべきだと記しています。
その上で重要なのは、そうした時代が訪れたとしても本書の知見が陳腐化するわけではない、と書いていることです。
例えば、「マスメディアは偏っている」と考えるようになると、「ネットにこそ真実がある」という認識は強まるでしょう。
ですが、「マスメディアが偏っている」が仮に正しかったとしても、「ネットは正しい」とは限りません。それは、ネット上の情報には様々な「クセ」があるからです。
一例を挙げれば、本書は次のようなことを指摘しています。
あなたがソーシャルメディア上で見ている情報は、感情的な言説であることが多いということです。どのプラットフォームにせよ、エンゲージメントが多くなされた投稿が上位に表示されます。そして前述のとおり、感情的な言説のほうがエンゲージメントがなされやすいという傾向があります。
(『ネット世論の社会学』 232~233ページ)
だからこそ、「事実」に基づいて考えることが必要だと本書は説きます。「発信者が提示している事実」と「発信者の意見」を、区別する必要があるというのです。
ネット世論が力を持つ時代だからこそ、こうした「区別する力」は、より重要となるでしょう。
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本書は、鈴木寛元文部科学副大臣の、次のような発言を紹介しています。
僕ら政治家が何と戦っているかといえば、それはステレオタイプな言論です。ツイッターはステレオタイプ増強剤のようなところがある。物事を単純化し、思考停止を招く。本来政治というものは、正解のないなかでいろいろ知恵を絞って、どのように暫定的な個別解を見出していくか、そういうアクティビティなんです。
(『ネット世論の社会学』 214ページ)
今後、高市政権は国会論戦に臨むこととなりますが、国会での議論を追うに当たっては、国民の側にも上記のような認識が求められるのではないでしょうか。
『ネット世論の社会学』は、「物事を単純化し、思考停止を招」かないために持っておくべき心構えを、様々な角度から説いています。
臨時国会が始まり、ネットにおける政治議論もますます活発化することが予想されます。今こそ、本書を一読してみてはいかがでしょうか。
(編集部・西田)
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