
10月も半ば。2025年も残りわずかとなりました。
このあたりで一度、自分の働き方を振り返ってみるのはいかがでしょうか。
仕事にやりがいを感じているか。労働時間が必要以上に増えてはいないか。そして、自分の努力と報酬は見合っているのか ―― 。
そんな問いを投げかけるのに最適なビジネス書として、今回は2020年に急逝した世界的な文化人類学者であるデヴィッド・グレーバー氏の著書、『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)をPick Upします。
社会に潜む「無意味な仕事」の実態を徹底的に分析し、大きな反響を呼んだこの本は、「2020年下半期TOPPOINT大賞」でランキング1位を獲得。多くのビジネスパーソンに衝撃を与えました。
「ブルシット・ジョブ」とは何か
この本によると、1930年、経済学者のジョン・メイナード・ケインズは「20世紀の終わりまでにテクノロジーの進歩によって人々は週15時間労働になる」と予測したといいます。
確かにテクノロジーの進歩により、私たちは驚くほど効率的に働けるようになりました。それにもかかわらず、いまなお週40時間労働が標準です。なぜ、ケインズの予測は外れたのでしょうか。
グレーバー氏はその理由をこう指摘します。テクノロジーはむしろ、私たちをよりいっそう働かせるための方法を考案するために活用されてきた、と。
その結果、生み出されたのが「ブルシット・ジョブ」です。それを、彼はこう定義します。
ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。
(『ブルシット・ジョブ』 27ページ)
日々こなしていても「なぜこの仕事が必要なのか」と自問してしまう業務。
私も友人から聞いたことがあります。上司の気分で出る修正に振り回されたり、他の企画を通すための“ボツ用”の企画書をつくったり…。
もしかすると、こうした経験を持つ人は、世界中に少なくないのかもしれません。
無意味な仕事の5つの型
『ブルシット・ジョブ』では、無意味な仕事を次の5種類に分類します。
取り巻き(flunkies)、脅し屋(goons)、尻ぬぐい(duct tapers)、書類穴埋め人(box tickers)、タスクマスター(taskmasters)
(『ブルシット・ジョブ』 50ページ)
例えば「取り巻き」は、だれかを偉そうにみせるためだけに存在している仕事です。
本書には、1日に一度鳴るかどうかの電話を受けるためだけの受付嬢や、管理職の立場が多忙すぎるという印象を与えるために、彼らの業務を割り当てられたパーソナル・アシスタントの実例が登場します。
また、「脅し屋」の例では、広告代理店の制作現場が挙げられます。視覚効果を使ってシャンプーなどの効能を誇張し、実際に効き目があるかのように演出する。消費者に錯覚を与え、需要をつくり出すその行為を、当事者たち自身が「ブルシット・ジョブ」と認めているのです。
私がこの本を読んで思い出したのが、村上春樹氏の小説『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する「文化的雪かき」という言葉です。
本来は自分の専門ではないけれど、社会のどこかに空いた「穴」を埋めるために誰かがやらなければならない仕事を指します。どこか「ブルシット・ジョブ」とも共通しているようにも思えます。
一見、無意味に見えても社会の維持に必要な「雪かき」もあるのかもしれません。
同じ仕事を「ブルシット・ジョブ」と見るか、「文化的雪かき」と見るかは、その人の価値観や目的意識によっても変わるでしょう。
無意味な仕事が人を蝕む理由
では、ブルシット・ジョブの何が問題なのでしょうか? グレーバー氏は、その「道徳的・心理的影響」に注目します。
実質的に何もしていないにもかかわらず、高額の給与を与えられる。それは一見、幸運な仕事のように思えます。しかし、このようなブルシット・ジョブに携わっている人は、次第に不幸になっていく、そうグレーバー氏は言います。
その理由の1つは、「人を欺いている」という感覚になるからだそうです。
たんに無目的であるだけではない(無目的であるのはまちがいないが)。それはまた虚偽(falseness)でもあるのだ。
(『ブルシット・ジョブ』 108ページ)
無目的であることと、虚偽であること。
この2つが重なると、人は自分の仕事に“みじめさ”を感じ、次第にモラルの軸を失っていく…。ブルシット・ジョブの最大の問題は、この「精神の摩耗」にあるのかもしれません。
グレーバー氏は、特に「FIRE部門」 ―― Finance(金融)、Insurance(保険)、Real Estate(不動産)でこの傾向が顕著だと指摘します。
例えば、自分の銀行がいったい何のために存在しているのか理解すらしていない銀行員が驚くほど多い …。そんな現代の構造的問題を、グレーバー氏は鋭く突きます。詳しくは、ぜひTOPPOINTの要約をご覧ください。
働く意味を見つめ直すために
『ブルシット・ジョブ』を読むと「そんな無駄な仕事が本当にあるのか」と驚くと同時に、自分の経験と重ねて冷や汗をかく瞬間もあるでしょう。
誰かの顔色をうかがうためだけの資料づくり。数字を埋めることが目的化した報告書。形骸化した会議 ―― 。それらに時間を奪われるたびに、「働く意味」を考えざるを得なくなります。
自分の仕事に意味を見いだせない時、悲観的になるのではなく、その感覚こそが「変化のサイン」と捉えることもできます。
ブルシット・ジョブの存在を知ることは、自分の仕事の価値や働き方を問い直す第一歩といえるでしょう。
2025年も終盤戦。慌ただしい日々のなかで、自分の仕事の価値を静かに見つめ直す時間を持つことは、来年の働き方を左右するかもしれません。
『ブルシット・ジョブ』は、そのための鋭い視点を与えてくれるビジネス書です。秋の夜長、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
(編集部・福尾)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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