2025.9.1

編集部:小村

日本文化を象徴する「茶の世界」を英語で紹介した名著

日本文化を象徴する「茶の世界」を英語で紹介した名著

世界で「MATCHA」ブーム

 日本茶が海外でブームとなっています。

 財務省の貿易統計によれば、緑茶の輸出額は急増。2024年に過去最高の364億円を記録しました。緑茶の中でも特に抹茶の人気が高く、その背景には健康食品としての需要や、「アイス抹茶ラテ」を海外のインフルエンサーがSNSに投稿したことなどがあるといいます(「「MATCHAブーム」世界沸かす ラテ・菓子など商品多彩、国内は品薄」/日本経済新聞電子版2025年6月7日)。

 

 今や世界的な人気を獲得した日本のお茶ですが、日本におけるその歴史は長く、また日本文化にとって重要な地位を占めています。ビジネスパーソンにとって「お茶の文化」を学ぶことは、教養を高めるだけでなく、海外の人々との国際交流のきっかけの1つにもなるでしょう。

 

 そこで今回は、「茶の世界」を欧米に紹介し、世界的なベストセラーとなった1冊、『茶の本』(岡倉天心 著/致知出版社 刊)をご紹介します。

 

日本文化の象徴としての「茶の世界」

 著者の岡倉天心は、明治の美術運動家として、アーネスト・フェノロサとともに近代日本美術の発展に大きな功績を残した人物です。なお、明日9月2日は彼の命日で、「天心忌」として各地で追悼行事が行われます。

 

 『茶の本』は1906年、43歳の彼がボストン美術館の中国・日本美術部に迎えられた頃にニューヨークで出版されました。天心は西洋と深く関わる中で、日本の素晴らしさに気づきます。そして日本文化の象徴として「茶の世界」を発見し、その価値を世界に広く知らしめるために本書を英文で著しました。

 そこでは単に茶道のしきたりを説くだけではなく、茶の歴史やその流派、道教や禅宗との関係や華道に至るまで、日本の伝統文化の結晶としての茶の世界が展開されています。

 

喫茶文化は東西共通

 本書の1章で、天心はこう述べます。

 

東洋が西洋に、確実に優れたもの。それが「茶」です。(中略)アジアで生まれた茶の文化は、「全世界に敬意をもって受け入れられた、唯一の東洋の儀礼」かもしれません。

(『茶の本』 24ページ)

 

 『茶の本』の刊行当時、日本は日清・日露戦争に勝利し、西洋の人々の注目を集めていました。その一方で、彼らは日本や東洋の文化については十分に理解しようとはしませんでした。そこで天心は本書の冒頭で、緑茶であれ紅茶であれ、東西で共通する「喫茶の文化」があることを示そうとしています。

 

 当時の西洋の人々にとって、茶道のしきたりや茶室の存在は、未知のものであり、そこにどんな意味があるのか、わかりづらいものだったでしょう。『茶の本』では、そうした点を1つ1つ、丁寧に解説しています。

 

庭の小道でリフレッシュ

 本書によれば、茶事を行う茶室は、茶室そのものだけを言うのではありません。茶器一式を洗い並べる「控え室(水屋)」や、お客たちが茶室に招かれるまで待つ「玄関(待合)」。そして待合と茶室をつなぐ「小道(露地)」などによって構成されています。その中で、私たちが「お茶の世界」にひたるために重要なのが「露地」です。

 

露地が意味するのは、外部の世界との関わりを絶ち、茶室の中で美的な楽しみを十分に味わえるよう、精神をリフレッシュしてもらうこと。ふぞろいのままに等間隔で並んでいる庭石にかかる常緑樹の影。乾いた松葉が散り尽くし、苔むした御影石の灯籠のそばを通る。(中略)たとえ街の真ん中にいるとしても、そのとき人は、文明の塵や埃とは遠く切り離された森にいるように感じます。

(『茶の本』 92ページ)

 

 今の私たちが茶道を体験することの利点の1つに、「精神のリフレッシュ」をもたらしてくれることがあります。日常の喧噪から離れて、静かな世界 ―― それでいて緊張感のある ―― に身を置く。その時間は、何物にも代えがたいものです。もし、茶会に招かれた時、露地を通る際には、そこに配置されている1つ1つの木や石に注意を払ってみてはいかがでしょうか。

 

「平和の家」としての茶室

 露地で心の準備を整えたお客は、茶室へと入っていきます。そして江戸時代以前であれば、次のようなことが行われます。

 

お客が武士であったなら、彼は刀を軒下の刀架けに置いていきます。というのも、茶室というのは、これ以上ない「平和の家」であるからです。

(『茶の本』 94ページ)

 

 茶室は「平和の家」である ―― 。この一文を読むと、思い出される人がいます。この本に推薦文を寄せている、茶道裏千家前家元の千玄室氏です。先日、2025年8月14日に102歳でお亡くなりになりました。世界各地を歴訪し、ユネスコ親善大使や日本・国連親善大使も務めた氏が提唱したのが、「一盌(わん)からピースフルネスを」の理念でした(「千玄室さん死去 茶道裏千家の前家元102歳、平和訴え世界歴訪」/ 日本経済新聞電子版2025年8月14日)。
 

 日本茶が海外でブームとなる中、茶道にも注目が集まり、世界中で異文化交流のツールとして平和に貢献する。本書を読みながら、そのような未来が訪れることを願いました。そしてそれは、次のように語っていた天心にとっても望んでいたことでしょう。

 

最近では「サムライの掟」について、多くの言及がなされるようになりました。これは我が国の兵士に、誇らしく自己犠牲を選ばせる「死の技術」と言うことができるでしょう。

しかし「生の技術」である茶道に関心が払われることは、めったにありません。(中略)私たちの国の芸術や理想に敬意が払われる日まで、日本人は喜んで待つつもりです。

(『茶の本』 17ページ)

 『茶の本』の翻訳本は、様々な出版社から刊行されています。その中でも、今回ご紹介した致知出版社の本は、「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」の1冊として刊行されており、訳者の夏川賀央氏がわかりやすい日本語で訳されています。 

 また、このシリーズには『茶の本』と同時期に書かれた、日本の文化や精神を英語で紹介した代表的著作である『武士道』(新渡戸稲造 著)、『代表的日本人』(内村鑑三 著)なども収められています。いずれの要約もTOPPOINTライブラリーに収録していますので、ぜひお読みください。 

(編集部・小村)

*  *  *

 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2014年7月号掲載

茶の本

原題は「THE BOOK OF TEA」。著者は、明治期の美術界の指導者、岡倉天心。西洋と深く関わる中で、日本の素晴らしさに気づいた彼が、日本文化の象徴として見た「茶の世界」を英語で紹介した同書は、1906年に米国で出版されるや世界的なベストセラーとなった。その現代語訳である。茶を媒介に、日本人の精神、文化を説いた名著を、わかりやすく紹介する。

著 者:岡倉天心 出版社:致知出版社 発行日:2014年4月
閉じる

ネット書店へのリンクにはアフィリエイトプログラムを利用しています。

このPick Up本を読んだ方は、
他にこんな記事にも興味を持たれています。

一覧ページに戻る