
Making Humans a Multiplanetary Species(人類を“多惑星種”にする)
2016年、スペースXの創業者イーロン・マスク氏は、国際宇宙会議の場で上記のようなテーマの講演を行いました(「SpaceXのイーロン・マスクCEO、火星コロニー構想を発表:火星まで20万ドルで80日間の旅」/ITMediaNEWS 2016年09月28日)。
彼が唱えたのは、「火星移住計画」。講演テーマにある「多惑星種」とは聞き慣れない言葉ですが、地球と火星など「複数の星で生きる種」としての人類の未来を築く、というニュアンスで理解すればよいでしょう。
火星で生まれ、火星で育ち、夜空を見上げて地球を眺め、そして火星で一生を終える。まるでSF(サイエンス・フィクション)のようですが、100年後にはそんな生き方が現実になっているのかもしれません。
実際、マスク氏は「SFを現実にする」と語っています(「スペースXは「ノアの方舟」になるか イーロン・マスクが熱弁「火星を目指す理由」」/The Asahi Shimbun GLOBE+ 2022年4月4日)。
これらからは、火星移住計画にかけるマスク氏の強い意気込みがうかがえます。興味深いのは、この発言が、彼が「SF」を参考にして、自らが挑戦すべき課題を見いだし、創るべき未来を描いているととれることです。
SFの何が、彼をそこまで惹きつけるのか? そして、SFはビジネスにどう活かせるのか?
こうした疑問に対するヒントを与えてくれるのが、今週Pick Upする本、『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』(藤本敦也/宮本道人/関根秀真 編著/ダイヤモンド社)です。
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本書を通じてまず読み取れるのは、SF作品の幅広さです。ジェンダーSFの『パワー』、環境問題を扱った『ねじまき少女』、VRネットワークをモチーフにした『スノウ・クラッシュ』など、本書に出てくるものを少し挙げるだけでも、その守備範囲の広さに驚かされます。
これだけ多様な作品を擁する「SF」というジャンルに通底する要素とは、一体何なのか? 本書は、その点を鮮やかに解き明かします。
例えば、『パワー』というSF作品が描く世界について、本書は“女性だけが手から電撃を出す超能力をゲットする”としたうえで、その意味を次のように解説しています。
超能力は単に超能力であるだけでなく、「男女のパワーバランスが変化したら、社会がどう変わるか」をシミュレートするための装置であり、秀逸な比喩なのだ。
SFは、あっと驚く比喩を駆使して、これまで常識とされてきたことのおかしさをインパクトたっぷりに見せつけてくる。こうした気づきは、人々を新たな考え方、新たな行動へ導く。
(『SF思考』 32ページ)
『パワー』を読んで「女性だけが電撃を出せるなんて不公平じゃないか」「男性が理不尽に痛めつけられるんじゃないの…?」と感じたとすれば、それは「筋力の強い男性による、女性への暴力」という現実社会の問題に、改めて目を向ける助けになるということです。
ショッキングな世界を設計し、現実社会に潜む問題点を浮き彫りにする。それによって、「自分はどんな社会を、未来に築きたいのか」を考えるきっかけを与えてくれる――。SFが世界のビジネスリーダーに愛される理由の一端は、こうした点にあるのかもしれません。
純粋に物語として楽しむもよし、作品に込められた社会への視線を想像し、作品世界と現実世界の接点を探すもよし。SF作品を味わいつくすヒントを示してくれるのが、この『SF思考』です。
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では、SFをビジネスに活かすための「SF的な考え方」とは、具体的にどういうものなのか?
『SF思考』は、「SF作家の思考法」「SF編集者の思考法」「SF読者の思考法」の3つを挙げ、それぞれを5つの要素で解説しています。
「SF思考=SF作家の思考法」のように何となく思ってしまいがちですが、編集者と読者の思考法もある点が重要です。この点を、本書は次のように強調しています。
SF作家、SF編集者、SF読者という、異なる立場の思考法を組み合わせて、それをぐるぐる回す意識を持てば、応用範囲がぐっと広がる。「未来を描き出す」活動全般に使えるものとなるのだ。
(『SF思考』 57ページ)
場面に応じて3つの立場を切り替えながら、「この発想は面白いか?」「科学技術的な考証は充分か?」「自分がその世界の住人だったら、どう生きるか?」と様々な角度から検討していく。
そのようにして描き出される未来の姿は、1つの立場だけから見るのに比べて、はるかに厚みのあるものに違いありません。
本書は、その副題が示す通り、ビジネスと自分の「未来を考える」手段を示してくれる、良質なビジネス書だといえるでしょう。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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