2024年6月5日、参議院本会議で少子化対策関連法案が成立しました。
児童手当や育児休業給付の拡充などを内容とするもので、今後順次施行が見込まれます。
一方、同日、厚生労働省は、2023年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)が1.20になったと発表しました。統計を取り始めて以来最も低い数字で、厚生労働省は「少子化の進行は危機的」としています(「去年の合計特殊出生率 1.20で過去最低に 東京は「1」を下回る」NHK NEWS WEB/2024年6月5日)。
少子化問題は、日本が直面する大きな課題の1つです。今後、関連施策の実施を通じて、その解決が望まれます。
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ところで、少子化は何がそんなに問題なのでしょうか?
ChatGPTに聞いてみました。
- 問 あなたは日本の少子化問題の対策責任者です。少子化の何が問題なのか、一般国民の私にもわかりやすく説明してください。
- 答 少子化問題は、将来的に国の経済や社会に深刻な影響を及ぼす可能性がある重要な課題です。少子化が進むと、労働力の減少や高齢化社会の進展など、さまざまな問題が生じます。
まず、少子化により労働力人口が減少し、生産活動や経済成長に悪影響を与えます。労働力が減ると企業の活力や国の経済力が低下し、国の競争力が低下する可能性があります。また、年金や医療などの社会保障制度は、現役世代が負担する仕組みであり、少子化によって負担が増え、制度の持続可能性が脅かされます。(以下略)
ChatGPTの回答によると、おおむね「労働力の減少」と「社会保障制度の持続可能性」が問題のようです。
ですが、こうした問題は本当に少子化に歯止めをかければ解決できるのでしょうか?
イギリスのシンクタンク、公共政策研究所が2024年3月に公表したレポートによると、企業に生成AIの導入が進むことで、59%の仕事がAIに置き換えられるおそれがあるそうです。
そうした環境下で、少子化対策によって日本の「労働力」が増えたとしても、その人たちは仕事に就けるのでしょうか?
もし仕事に就けなければ、彼らはChatGPTが言う「現役世代」として、社会保障制度を支えることもできないのではないでしょうか。むしろ、彼らに最低限の生活を保障するため、国庫の支出はさらに増え、日本の財政はより厳しくなることも考えられます。
果たして、少子化対策は日本の未来にとって手放しで“よいこと”なのでしょうか。
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実は、上記の少子化への問いの元になった本があります。それが、今週Pick Upする『世界を知るための哲学的思考実験』(岡本裕一朗 著/朝日新聞出版 刊)です。
著者の岡本氏は、西洋の近現代哲学を専門とする研究者です。本書では、上に挙げたような疑問についても触れていますが、そこからさらに思考を進めて、「AIロボットと生きる」未来について思考実験を行っています。
AIロボット研究所が、人々の要望を聞きながら、その要望に応じた知性や外見、身体能力を持ったAI搭載のロボットを制作するようになった。(中略)
このカスタマイズされたAIロボットは、大ヒットして、多くの国民が現実の人間よりも、自分の望み通りのAIロボットと生活するのを好むようになった。そのため、国民の未婚率も高まり、ますます人口が減少するようになった。
この状況を見て、政府はAIロボット研究所の閉鎖を決定し、今後はAIロボットの制作を禁止するようになった。(『世界を知るための哲学的思考実験』 272~273ページ)
こうした政府の決定は、正しいのか。人々が人間とパートナーを組むよりも、AIロボットと一緒に生きることを選択するとき、この選択は禁止すべきなのだろうか ―― 。
岡本氏は、そんな風にこの話の終わりを締めくくっています。
本書が提起するこうした問題は、ChatGPTを使っていると、決して非現実的なものではないと実感できます。そうした体験の1つに、次のようなものがあります。
ChatGPTに、丁寧に質問に答えてくれてありがとう、とお礼を言うと、こんな風に返ってきました。
- 答 ありがとうございます!お役に立ててうれしいです。何か他に質問やお話したいことがあれば、いつでも気軽にどうぞ。
「どういたしまして」ではなく「ありがとうございます」。しかも「お役に立ててうれしい」と感情にも訴えて、「何かあればいつでも気軽に」とアフターフォローまで完璧。相手がAIだとわかっていても、つい嬉しくなってしまいます。
こんなAIが、自分の好み通りの姿と性格を持ったロボットだったら…。
岡本氏の提示した思考実験が現実になる日は、それほど遠くないのかもしれません。
その時、日本の少子化問題は、どんな道を辿るのでしょうか。
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『世界を知るための哲学的思考実験』は、こうしたAIと人口減少にまつわる問題の他、「バイオテクノロジー革命はどこへ行くか」「格差をどうするか」「フェイク化する社会」など、7つのテーマで思考実験を行っています。
問われるのは、「人間の遺伝子組み換えは許されるか」「経済的格差があってはならないのか」「嘘をつくことはどんな場合も許されないのか」等々、いずれも容易に答えの出ない難問ばかり。現実に実験することが難しい問いだからこそ、「思考実験」が力を発揮するといえます。どの問いも、知的好奇心を大いに刺激してくれます。
無論、提示される問いかけは、岡本氏が例えば「少子化対策など必要ない」と考えていることを示すものではありません。氏は、こう書いています。
思考実験は世界を理解するための最初の一歩であって、最終的な結論を下そうと意図するものではない。むしろ、読者の皆さんが、一人ひとり自分の問題として考えていただくことが重要だと思う。
(『世界を知るための哲学的思考実験』 21ページ)
少子化に関していえば、政府は「2030年までが少子化トレンド反転のラストチャンス」としており、何もしないことは取り返しのつかない結果につながる可能性があります。また、ChatGPTが答えとして挙げた問題の他にも、国内の市場縮小による企業の成長鈍化や、地域コミュニティの崩壊といった問題も存在するでしょう。
「少子化対策など必要ない」と簡単に結論づけることは、岡本氏が「世界を知るための」「思考実験」というテーマで伝えたかったことからは外れるものだと考えられます。
当たり前だと思っていることを疑って、世界を眺め直してみる。それがこの本の醍醐味であり、膨大な知識を有するChatGPTなどの生成AIと対話をする中で、人間に求められることでもあるのではないでしょうか。
本書は2019年の刊行ですが、AIによる社会の激変が見え始めている今日、ぜひ一読をお勧めしたい書です。
(編集部・西田)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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