2022.8.29

編集部:西田

自分は後世に何を遺せるのか 人生の難問に答えるためのヒントを示す書

自分は後世に何を遺せるのか 人生の難問に答えるためのヒントを示す書

 先日、塩野七生氏の『イタリアからの手紙』(新潮社)を読んでいて、次のような一節に出合いました。

 

(注:ローマでは)皇帝がいなくなって以来、すなわち古代ローマ帝国が崩壊して以来、下水道の掃除はやったことがないというのである。


下水道を二千年もの間掃除しなかったということは、二千年前と同じものを現代でも使っているということだが、まさにその通りで、ローマでは、下水道の他に、テヴェレ河にかかる橋も、高速道路以外の街道も、祖先の作ったものを使わせてもらっている。(注:太字は筆者。以下同じ。)

 

 遥か紀元前の昔の人々が築いた様々なインフラが、2千年の時を経て現代の人々になお恩恵を与え続けている。

 古代ローマの人たちは、子孫らに素晴らしい財産を遺したのだな、と感嘆してしまいました。

 (それにしても、「二千年もの間掃除しなかった」というくだりには、そのユーモアあふれる語り口も相まって苦笑せざるを得ませんが)

 翻って、今の時代を生きる「私」は、果たして後の世に何を遺せるのか?
 これは自らの存在意義や人生の意味にも関わる、難しい問題といえるのではないでしょうか。

 わが身を振り返ってみても、これだと自信を持って答えることはまだできません。

 
 ですが、考えるヒントを示してくれる名著はあります。

 それが、今週Pick Upする『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(内村鑑三/岩波書店)です。

 宗教家・評論家の内村鑑三氏が1894年に行った講演「後世への最大遺物」と、1911年に行った話「デンマルク国の話」の2篇を収めた本であり、『TOPPOINT』の要約ではこのうち前者を紹介しています。

 内村氏は次のように、「何を遺すか」を語っていきます。


 第1に大切なものは「金」

 その重要性は改めて述べるまでもありませんが、内村氏はその金を自分の子供ばかりでなく「社会に遺して逝く」と説いています。
 しかし同時に、内村氏は金を溜める力は1つの「天才」であるとも言っています。

 この才を持たず、金を遺すことができない人はどうすればよいのか。


 そこで第2に挙がるのが、「事業」

 内村氏は、事業とはすなわち金を使うことだと言います。

 金は労力を代表するものだから、労力を使ってこれを事業に変え、後世に遺すことができる、と。

 冒頭に挙げた古代ローマのインフラのような土木事業を考えると、わかりやすいでしょう。


 では、金を溜める天才も、事業の天才もなければ何を遺せばいいのか。

 それが、第3に挙げられる「思想」です。

 この世の中で自分の考えを自ら実行できなくとも、その精神を紙の上に遺すことができる

 あるいは、若い人を薫陶することで、自分の事業を行わせることができる

 つまり、著述と教育について語っているわけです。

 ここまで読んで、いずれもなかなかハードルが高い…という気もしてきます。どれも難しそうな人は、諦めるほかないのか?

 

事業家にもなれず、金を溜めることもできず、本を書くこともできず、ものを教えることもできない。そうすれば私は無用の人間として、平凡の人間として消えてしまわなければならぬか。

 

 そうした痛切な悲嘆の声に対して、内村氏はそうではない、と説きます。誰にでも遺せるものがある。そしてそれこそが後世への「最大遺物」である、と。
 ではその最大遺物とはいったい何なのか。…それは、本書(または要約)をお読みください。

 なお、先述の通り、『TOPPOINT』では本書に収録された2篇のうち「デンマルク国の話」は紹介していませんが、こちらもまた非常に示唆に富む内容です。

 内村氏自身、「自分の生涯における最良の書物」と見ていたようです。

 デンマークは、1864年にドイツ、オーストリアという2強国との戦争に敗北、南部の最良の地を奪われて困窮に陥ります。

 残された土地の多くは、不毛の荒野

 そんな状態でしたが、内村氏が「デンマルク国の話」を語った1911年頃には、「デンマーク人はたぶん世界のなかでもっとも富んだる民であるだろう」と言われていました。


 50年の間に何があったのか。

 そのカギを握るのは、ダルガスという名の1人の工兵士官です。

 

 内村氏は次のように語っています。
 誰もが敗戦に絶望し、嘆き悲しむ中で、“彼は彼の国人が剣をもって失ったものを鋤をもって取り返さんとしました。今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と鍬とをもって残る郷土の荒漠と闘い、これを田園と化して敵に奪われしものを補わんとしました”。


 そのためにダルガスがしたことは2つ。

 荒地に水を注ぎ、樹を植えることでした。


 言葉にすれば簡単ですが、実現は容易ではありません。

 1つの問題を解決すればすぐまた別の問題と、様々な障害に阻まれながら、ダルガスは一歩ずつ前に進んでいきました。

 彼の生涯をかけた取り組みによって、デンマークは戦争で失った土地を補って余りある豊かな国土を手に入れ、そこから莫大な富を得るようになったのです。

 そしてその結果、敗戦で絶望していたデンマークの人々は、希望を回復しました。

 ダルガスの植林活動は、何よりも人々の精神を変えたのです。

 

 金を遺し、事業を遺し、思想を遺し、そして人々に気高い生き方を示したダルガスの物語は、「後世への最大遺物」と併せて読むことで、一層の輝きを放つのではないでしょうか。

 

国は戦争に負けても亡びません。実に戦争に勝って亡びた国は歴史上けっして少くないのであります。国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。

 

 内村氏が、ダルガスの逸話からの教訓として説いたこの言葉。

 武力をもって問題解決を図ろうとする強権的な指導者が台頭しつつある今日の世界において、改めて噛みしめたい言葉です。

(編集部・西田)

*  *  *

 「今週のPick Up本」では、ビジネス書に日々触れている小誌の編集部員が、これまでに要約した書籍の中から「いま改めておすすめしたい本」「再読したい名著」をご紹介します。次回の“Pick Up本”もお楽しみに。

2015年1月号掲載

後世への最大遺物・デンマルク国の話

「私に50年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、この我々を育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない」 ―― 。明治27年、内村鑑三がキリスト教青年会の夏期学校で行った講演、「後世への最大遺物」を紹介する。誰もが実践できる真の生き方とは。後世に遺すべきものとは。人生の根本問題が熱く語られる。

著 者:内村鑑三 出版社:岩波書店(岩波文庫) 発行日:1946年10月

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