2024.7.16

編集部:小村

ローマの哲人皇帝が紡ぐ深い内省の言葉の数々は 1800年超の時を経ても今なお私たちの心に響く

ローマの哲人皇帝が紡ぐ深い内省の言葉の数々は 1800年超の時を経ても今なお私たちの心に響く

古代の偉人に人生相談?

 プラトンやアリストテレスといった、古代ギリシャ・ローマ時代の偉人に人生相談ができる ―― 。最近、そんな記事が目に留まりました。

 このことを可能にしたのが、生成AI「ChatGPT」の技術を使用した対話システム、「ヒューマニテクスト」です。名古屋大学の西洋哲学研究者、岩田直也准教授らの研究グループによって開発されました(「偉人たちに相談だ!現代の悩みをどう解決してくれるの?」/NHK NEWS WEB 2024年6月12日)。

 

 記事によれば、ヒューマニテクストは古代ギリシャ・ローマ時代の古典作品のデータベースを参照して、様々な質問に答えるといいます。データベースに収められているのは、哲学者のプラトンやアリストテレス、詩人のホメロス、歴史家のヘロドトスなどの著作およそ400作品です。

 

 生成AIを使用する際には、誤った情報や矛盾した情報を作り上げてしまう「ハルシネーション」の問題が懸念されますが、ヒューマニテクストは原典に書かれている記述を根拠にするほか、出典も明示するなど、情報の信頼性を保つ仕組みになっています。

 

 記事では、古代の偉人たちに現代人の悩みを相談した例が紹介されています。その中で印象に残ったのが、ローマ皇帝、マルクス・アウレーリウスの回答です。彼は、「子どもがスマホばかり触って勉強に集中しない」という悩みに対し、次のように回答します。

 

怒りや叱責で対処するのではなく、内なる穏やかさと理性を持って対応することが大切である。まず、子どもに対して過度な期待を抱かず、現実を受け入れることから始めよう。子どもがスマホに依存する理由を理解し、共感を示すことが大事だ。(以下略)

(「偉人たちに相談だ!現代の悩みをどう解決してくれるの?」/NHK NEWS WEB 2024年6月12日)

 

 子どもを持つ身としては、育てる側の親の生き方が問われるような回答で、思わず背筋が伸びました。

 この回答の根拠となっているのは、著書『自省録』の記述だといいます。では、『自省録』とはどのような内容の書籍なのでしょうか? 

 今週は、私も感銘を受けた本の1つである、この『マルクス・アウレーリウス 自省録』(マルクス・アウレーリウス 著/岩波書店 刊)をPick Upします。

 

『自省録』の魅力

 マルクス・アウレーリウス(121―180)はローマ皇帝として在位中、仁政によって万人の敬愛を一身に集めました。そのため、“五賢帝”の1人に数えられています。彼は若い頃よりストア哲学に傾倒しており、『自省録』にはその思想が現れているといいます。

 

 先のNHKの記事によれば、「ヒューマニテクスト」によるアウレーリウスの回答には、“感情よりも理性を重んじる”とか“現実を受け入れる”といった、ストア哲学の思想と一致する考え方が表れている、と開発者の1人である岩田准教授は語っています。

 

 さて、私がこの本に魅力を感じる理由は、「1人の人間として思い悩む姿が包み隠さず記されており、そこに共感を覚えるから」です。本書の訳者、神谷美恵子氏の序文によれば、『自省録』の原題は「自分自身に」であり、人に読ませるつもりで書かれたものではないといいます。そのため、全体の構成や文章も整っていない箇所が多くあります。

 ですが、私はむしろ、そうであるがゆえに現代の人の心を打つ、と思っています。神谷氏は「訳者解説」で本書の魅力を次のように述べており、その意見に私も同意します。

 

『自省録』は決してお上品な道徳訓で固められたものではなく、時には烈しい怒りや罵りの言葉も深い絶望や自己嫌悪の呻きもある。あくまで人間らしい心情と弱点を備えた人間が、その感じ易さ、傷つき易さのゆえになお一層切実にたえず新たに「不動心」に救いを求めて前進して行く、その姿の赤裸々な、いきいきとした記録がこの『自省録』なのである。

(『自省録』「訳者解説」 317ページ)

 

 私が『自省録』を読んだ時、例えば次のような言葉に、そうしたアウレーリウスの姿を感じます。それはまた、私自身への戒めの言葉にもなっています。

 

何かするときいやいやながらするな、利己的な気持からするな、無思慮にするな、心にさからってするな。君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。余計な言葉やおこないをつつしめ。

(『自省録』 40ページ)

 

 「君」と呼びかけているのは、神谷氏によれば、自己への呼びかけだそうです。もしかすると、アウレーリウスは余計な発言や行動をしてしまい、それを反省するために、この一文を書いたのかもしれません。皇帝といち会社員とでは、その発言や行動の重みは全く異なりますが、その反省する気持ちには強く共感します。

 また、仕事を先送りしようと思ってしまった時には、少し極端かもしれませんが、次の言葉を思い出したりします。

 

あたかも1万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。

(『自省録』 55ページ)

 

 他にも、仕事をしていると、慣れている業務については、ついつい惰性でしてしまいがちです。そうした気持ちを抑えるためには、次の言葉が有効でしょう。

 

他人のなすあらゆる行為に際して自らつぎのように問うてみる習慣を持て。「この人はなにをこの行為の目的としているか」と。ただし、まず君自身から始め、第一番に自分を取調べるがいい。

(『自省録』 208ページ)

 

 『自省録』は先ほど述べたように、全体の構成や文章が整っていない箇所が多くあります。本書を読まれる場合はそのことを頭に入れ、「警句集」のように1つ1つの文章に向き合って読むことをお勧めします。現代のビジネスパーソンにとっても、きっとその中に、心に響く言葉が見つかることでしょう。

 冒頭にご紹介した対話システム「ヒューマニテクスト」は、今年の夏ごろの一般公開を目指しているといいます。一度アウレーリウスをはじめとする、古代ギリシャ・ローマ時代の賢人たちに人生相談してみてはいかがでしょうか。思いもよらなかった視点からの答えが得られるかもしれません。

(編集部・小村)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2015年8月号掲載

マルクス・アウレーリウス 自省録

第16代ローマ皇帝、マルクス・アウレーリウス・アントーニーヌス。良く国を治めたことから、「五賢帝」の一人とされる。哲学的思索を好み、折に触れ、自省自戒の言葉や人間の義務や幸福について書き留めた。それが、この『自省録』だ。自らのために書いたものだが、真摯な内省に基づく言葉は色あせず、今に生きる私たちにも、貴重な気付きを与えてくれる。

著 者:マルクス・アウレーリウス 出版社:岩波書店(岩波文庫) 発行日:1956年10月
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