
サッカーが好きな人に、この夏一番話題になった国を尋ねたら、きっと「サウジアラビア」という答えが返ってくることでしょう。カリム・ベンゼマ、サディオ・マネ、そしてネイマールと、ヨーロッパのビッグクラブで活躍する有名選手が次々とサウジアラビアのクラブへと移籍しました。
移籍に際し、注目されたのは巨額な年俸です。報道によれば、今回の移籍によってベンゼマの年俸は約2億ドル(約292億円)、ネイマールは約1億ドル(約146億円)になるそうです(C・ロナウド、ネイマール…世界年俸トップ10のうち8人がサウジアラビア所属の“新時代”に 5大リーグは1人と報道/スポーツ報知2023年8月17日)。超一流選手を引き抜くためとはいえ、選手1人にこれだけの金額を投資できるのですから、サウジアラビアのクラブの財力のすごさを感じます。
選手の中には莫大な年俸だけでなく、文化的な魅力にも影響を受けて移籍を決めた人もいるようです。サウジアラビアにはイスラム教の聖地メッカがあり、イスラム文化を伝える歴史的な場所が多く存在します。イスラム教徒であるベンゼマ選手は、今回の移籍について、次のように語っています。
「なぜサウジアラビアに移籍したのかって?僕はイスラム教徒で、ここはイスラム教の国で、僕はいつだってここに住みたかった」(アル・イテハド加入のベンゼマが移籍の理由を説明/ Goal2023年6月9日)
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日本でもイスラム教徒(ムスリム)が増えているとはいえ、イスラム教徒の実態やその教義についてはあまり詳しくないという方は多いのではないでしょうか。テロ活動などの報道により、漠然と怖いというイメージを持っている人もいるかもしれません。
今回Pick Upする『面と向かっては聞きにくいイスラム教徒への99の大疑問』(佐々木良昭/プレジデント社)は、日本人がよく知らないイスラム世界について紹介した本です。タイトルの通り、イスラム教徒の価値観や生活を、アラブ・イスラム圏研究の第一人者であり、自らもイスラム教徒である佐々木良昭氏がわかりやすく解説しています。
例えば、「慈悲と慈愛のイスラム教徒が、どうして戦争を繰り返すのですか?」という疑問に対して、佐々木氏は次のように回答しています。
イスラム教は神の「教え」ではなく、「命令」。それも、曖昧ではない明確な命令です。その命令を曲げられないため、戦争が起きるのです。
(『面と向かっては聞きにくいイスラム教徒への99の大疑問』25ページ)
イスラム教は天啓宗教です。その聖典であるコーランには、「こうしなさい」「これをやってはいけない」といった神アッラーの命令(お告げ)が具体的に下されているそうです。そして、神の命令に背いたものには罰が与えられます。
この神の教えに従うが故に、戦争が起きてしまうと佐々木氏は説明します。
通常は、AとBという国家間、あるいは地域同士でなんらかの問題が発生すると、お互いが高度な知的レベルに立って、冷静に話し合って問題を解決しようとする。そこには当然、相手に対する妥協がある。AはBの意見に対し、同じくBはAの意見に対して妥協をすることによって、問題解決のための着地点を見出すことになる。
ところがイスラム教には、その妥協という概念がない。(中略)コーランにはこうした神の命令と罰が明確に記されているがゆえに、人間と人間が神の教えを曲げて妥協することができない。だからどうしても戦争が起きてしまうのである。
(『面と向かっては聞きにくいイスラム教徒への99の大疑問』25~26ページ)
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また、「イスラム教徒が喜びを感じるのは、どんな言葉をかけられた時でしょう?」という問いには、次のように答えています。
宗教上のことです。「あなたは敬虔なイスラム教徒ですね」とほめられれば、例外なく喜びます。中でも、『五行』の一つである「メッカ巡礼」を済ませたということは最大の誇りです。
(『面と向かっては聞きにくいイスラム教徒への99の大疑問』43ページ)
「五行」とは、イスラム教徒の日常生活に深く根づいた義務、具体的な5つの行動のことです。信仰の告白、礼拝、断食、喜捨、メッカ大巡礼がこれに当たります。
メッカはサウジアラビアのマッカ州にあります。預言者・ムハンマドの出生地で、メッカを巡礼することが、アッラーに対する一生に一度の務めとしてコーランで義務づけられています。ただ、遠方に住む信者には、旅費や滞在費などの費用が重くのしかかります。費用も時間もかかるだけに、大巡礼を済ませたということは、イスラム教徒にとって大きな誇りとなるそうです。
この記事の初めで、ベンゼマ選手がサウジアラビアに新天地を求めた理由を紹介しました。メッカ大巡礼のことや、「五行」やイスラム教の教えがサウジアラビアの国民生活に浸透していることを知れば、同国への移籍は、確かに彼にとって非常に魅力的なことなのだと理解できるのではないでしょうか。
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イスラム教徒は、日本でも増加傾向にあります。ある調査によると、日本で暮らすイスラム教徒は2020年末で約23万人。礼拝所「モスク」も2021年時点で国内に113カ所あるそうです(「日本人のイスラム教徒」が増える理由 国内のモスクは20年で7倍/朝日新聞デジタル2023年5月6日)。今後、グローバル化や移民政策が進めば、この数字はさらに増えていくことでしょう。
彼らのことを知り、良好な関係を築いていく上で、イスラム教について最低限の知識を有しておくことは必要不可欠。その意味で、「コーラン」「ジハード」から「お金」「ビジネス・経済」「恋愛・結婚」に至るまで、多くの日本人が抱くイスラム教徒への疑問に答えた『面と向かっては聞きにくいイスラム教徒への99の大疑問』はきっと役立つはずです。イスラム教徒の実像を知る入門書として、ぜひ手に取っていただきたい本です。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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