2022.7.8

編集部:小村

「多数決原理」の社会を揺さぶる、「少数決原理」の法則

「多数決原理」の社会を揺さぶる、「少数決原理」の法則

 先日、自宅でカレーを食べていた時の話です。

 我が家には小学生の子どもがいるのですが、辛い食べ物が苦手です。そのため、カレーを作る時には甘口のルーを使います。親は辛さが欲しい時には、自分の皿に盛られたカレーにガラムマサラや七味唐辛子を振りかけて調整しています。

 辛さが苦手な子どもに合わせておけば、家族が同じものを食べられる。他の家でもそうしているのかな…。そんなことを考えているうちに、ふと思いました。このシチュエーション、どこかで読んだことがあるな、と。

 思い出した本というのは、今回ご紹介する『身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』(ナシーム・ニコラス・タレブ/ダイヤモンド社)です。

 タイトルに用いられている「身銭を切る」という言葉は、単に金銭的な話を指しているのではありません。「実世界に対してリスクを背負い、よい結果と悪い結果のどちらに対しても、その報いを受ける」という意味が込められています。

 著者のタレブ氏(文筆家、トレーダー、大学教授および研究者という3つの顔を持つ哲学者!)は、身銭を切ることは、この世界を理解する上で欠かせない条件であると語ります。そして、不確実の時代においてリスクと向き合い、価値ある生き方をするための指針を示してくれます。

 さて、先ほどのカレーの話に関わるのは、第2章の「少数決原理」について述べた箇所です。少数決原理とは、大きく身銭を切っている「非妥協的な少数派集団」が、総人口の3、4%といった些細な割合に達しただけで、すべての人が彼らに従わざるをえなくなるという法則のことです。本書では、この法則についてタレブ氏の実体験を交え語られます。

 氏が参加したバーベキュー会場では、参加者がユダヤ教徒ばかりではないにもかかわらず、用意された飲み物がすべてコーシャ(ユダヤ教徒が食べてもよいと認められた食品)認定のものでした。

 そこで、タレブ氏は考えます。すべてをコーシャにすれば、生産者やスーパーの店主、レストランは、コーシャとそれ以外を区別しなくてすむのではないか? そこから、全体を変えてしまう単純な法則を、次のように述べています。


 「コーシャ食品を食べる人々は、コーシャ認定されていない食品を決して食べないが、それ以外の人々がコーシャ食品を食べるぶんには何の問題もない」


 タレブ氏はこの後、少数決原理が政治や宗教にまで適用されることを論じていきます。
 受け入れに「柔軟」な姿勢を示す多数派が、「非妥協的」な少数派に取り込まれるというこの関係。民主主義の中で生きる私たちは、「多数決」の原理で社会が動いていると思いがちですが、「ほんの一握り」の人々が社会を大きく動かしていることに気づかされます。

 我が家の場合は、子どもを思いやってカレーを甘口にしているのであり、少数派である子どもが「非妥協的」であるとまでは言えないかもしれません(辛いと食べるのを拒否される可能性はあります)。ですが、友人家族と集まってキャンプに行き、カレーを作るとなった場合、友人たちが私の子どもが甘口しか食べないことを知れば、「少数決原理」が働き、全員が甘口のカレーを食べることになるでしょう。また、同じ地域に我が家と同じ事情で甘口カレーを食べる家庭が多い場合は、近所のスーパーの仕入れに影響を与えるかもしれません。

 タレブ氏は本書において、他の著作『ブラック・スワン――不確実性とリスクの本質』や『反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』などと同様に、古今東西の文献を引きつつ自説を展開しています。その内容は、人生やビジネスで今すぐ役立つというよりも、物事を考えるための堅牢な足場を築いてくれるものといえるでしょう。

(編集部:小村)

 「今週のPick Up本」では、ビジネス書に日々触れている小誌の編集部員が、これまでに要約した書籍の中から「いま改めておすすめしたい本」「再読したい名著」をご紹介します。次回の“Pick Up本”もお楽しみに。

2020年2月号掲載

身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質

「身銭を切る」とは、本書によれば、リスクを背負い、結果の良し悪しに関わらず、その報いを受けること。だが、高みの見物ばかりで、何のリスクも冒さない政治家や学者は多い。「身銭を切ることは、この世界を理解する上で欠かせない条件」。こう述べる哲学者が、不確実の時代、どうリスクと向き合い、生きるべきかを説く。

著 者:ナシーム・ニコラス・タレブ、望月 衛(監訳) 出版社:ダイヤモンド社 発行日:2019年12月

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