2023.2.6

編集部:油屋

『孫子』と『戦争論』 戦略・戦術を論じた不朽の名著を通じて戦争について今一度考える

『孫子』と『戦争論』 戦略・戦術を論じた不朽の名著を通じて戦争について今一度考える

 2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まりました。侵攻当初は早期終結を予想する声もありましたが、いまだにロシア軍とウクライナ軍との間で激しい戦闘が繰り広げられています。一日も早い終結を願うばかりです。
 
 ウクライナ侵攻からまもなく1年になることを踏まえ、今回のPickUp本では「戦争」に関連した書籍をご紹介します。東洋と西洋を代表する軍事戦略の名著――『孫子』と『戦争論』について、それぞれの言葉を引きつつ比較し、共通点や相違点を明らかにした『米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ』(マイケル・I・ハンデル/日本経済新聞出版社)です。

 著者は、クラウゼヴィッツ研究の世界的な権威で、アメリカ合衆国海軍戦略大学戦略学前教授のマイケル・I・ハンデル氏です。
 1975年以降、アメリカはベトナム戦争の敗北を受けて、その真因解明に取り組みます。「米軍が局地の戦闘で勝利を重ねながら、結果的に敗北と撤退を余儀なくされたのはなぜか?」。この課題研究において「軍事古典」の分野を主導したのが、戦略研究家でもあるハンデル氏でした。本書は、その成果物ともいえます。

 まずは簡単に、『孫子』と『戦争論』について紹介します。
 『孫子』は、紀元前500年頃の中国春秋時代に、軍事思想家・孫武が著したとされる兵法書です。戦争における戦略・戦術を論じたこの書は、今日まで読み継がれ、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ、W杯優勝に導いたブラジル代表監督フェリペ・スコラーリなど、様々な名経営者・勝負師に愛読されています。
 一方、『戦争論』は、19世紀にプロイセン(ドイツ)の軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツが著したもので、『孫子』と並び称される戦略論の名著です。英語版で600ページ以上にわたる『戦争論』は、その難解さゆえに通読するのが困難な書としても知られています。
 ハンデル氏は、両書の特徴を次のように表現しています。

 

『孫子』とは、国王(最高政治指導者)や上位にある将軍・軍事的指導者向けの手ほどきとして書かれた虎の巻のようなものを志向しているともいえる。一方のクラウゼヴィッツは、熟読玩味を必要とし、その思考過程や論理の展開をフォローできる理論的研究書としての価値がある…

(『米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ』 32〜33ページ)

 

 そんな『孫子』と『戦争論』ですが、ハンデル氏は、時代も文化的背景も違う文献であるにもかかわらず、戦略の論理に共通する点は多いと述べています。その一部を以下でご紹介します。

 

孫武とクラウゼヴィッツは、基本的な方法論的仮定(見解)として次のことには互いに同意するであろう。戦争とは科学ではなく術(アート)であり、軍はそれぞれが採用可能な複数の行動方針を各種の状況においてもっており、多くの軍事的指導者の想像力と創造力、そして直観力から解決方法が導き出されてくるものである。

(『米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ』 40ページ)

 

孫武もクラウゼヴィッツも、武力戦を遂行するうえで重要なことは、武力戦全体でみたときの絶対的な兵力数の優勢ではなく、むしろ決定的会戦や交戦地点における相対的な兵力数の優勢であるとしている。したがって、絶対量で数的な劣勢にはあるが、良質なリーダーシップにより統率された軍隊は、この考え方を巧みに採用することで勝利し得るとしている。

(『米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ』 133ページ)


 上記の2つ目の共通点を見ると、ロシア軍に数で劣るウクライナ軍が善戦している要因が見えてくるように思います。ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ側のリーダーシップが奏功しているのかもしれません(反対に、ロシアの軍隊は良質なリーダーシップにより統率されていない、ともいえます)。

 ちなみにTOPPOINTでは、本書の他に『新訂 孫子』 『最高の戦略教科書 孫子』  『縮訳版 戦争論』などもご紹介しています。
 ロシアによるウクライナ侵攻からまもなく1年。最新の戦況だけを見るのではなく、古の兵法家たちの教えに目を向けることで、新たな視点から戦争を考えるきっかけとしていただければ幸いです。

(編集部・油屋)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2017年11月号掲載

米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ

中国春秋時代に孫武が著した『孫子』と、プロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツが著した『戦争論』。東洋と西洋を代表する軍事戦略の二大名著を、それぞれの言葉を引きつつ比較し、共通点や相違点を明らかにした。時代的、地理的、文化的な違いはあるが、共通する見方も少なくない。戦略の本質が学べる1冊だ。

著 者:マイケル・I・ハンデル 出版社:日本経済新聞出版社(日経ビジネス人文庫) 発行日:2017年9月

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