2026.10.5

編集部:三ツ田

人間の行動原理は利益の追求のみにあらず? アダム・スミスが説くもう1つの動機とは――

人間の行動原理は利益の追求のみにあらず? アダム・スミスが説くもう1つの動機とは――

アダム・スミスのもう1つの主著、『道徳感情論』

 経済学の父と呼ばれる、アダム・スミス。彼の主著である『国富論』が刊行されてから、今年でちょうど250年が経ちます。

 『国富論』から派生した、個人の行動の動機を支配するのは「自己の利益」だという考えは、現在でも広く受け入れられています。

 

 しかし、彼の著作には、「自己利益の追究」ではなく、「共感」や「道徳」について語ったものがあるのをご存じでしょうか? それはアダム・スミスのもう1つの名著、『道徳感情論』(日経BP社 刊)です。

 スミスは、本書で人間の内面を深く観察し、私たちに備わる感情が「共感」することを通して、どのように「道徳」と結びつくのかを語ります。

「共感」はどのようにして「道徳的な感情」に結びつくか

 スミスは「共感」が、私たちのもつ「道徳的な感情」にどのように作用するかということについて、次のように説明します。

 

自分自身の行動については、自分を他人の立場に置いてみて、言うなれば他人の目でもって他人の立場から自分の行動を眺めてみて、その行動を支配した感情や動機に全面的に共感できるかできないかによって、是認するかしないかを判断する。私たちは、言わば自分本来の立場を離れ、自分の感情や動機をある程度離れたところから見るように努めない限り、自分の感情や動機を仔細に検討することはできないし、それについて判断を下すこともできない。だがそうするためには、他人の目を借りたつもりで見るか、他人が見るとおりに見るべく努力する以外に方法がない。

(『道徳感情論』 271~272ページ)

 

 私たちの心は、他人だけでなく自分自身をも観察し、他人の立場から見て自分が共感できる人間かどうかを判断する。人の心の中には、そんな中立的な「観察者」を住まわせているのだとスミスは説きます。

 その「観察者」の立場から、自分と他者の様々な行為を適切か不適切か見極めることが、私たちの内にある「道徳」を求める感情へと繋がっていくといいます。

人間の行動を支配する動機の本質は「共感」or「利己心」?

 私たちは、いつでも誰にでも共感ができるわけではありません。世の中には悪意や不正がはびこり、昨今の世界情勢を見ていると、人間の本質的な性格は利己的なのではないかと感じるときがあります。スミスが生きた時代も同じでした。しかし、スミスはそんなときでも、人の内に備わった「道徳感情」を強調します。

 

自然に湧いてくる感情がこれほど下劣で利己的なのに、自らの行動原理が多くの場合にこれほど寛容で高貴なのはどうしたわけだろう。私たちはつねに他人のことより自分自身に関することに大きく影響されるというのに、いったい何が、他人の大きな利益のために自己の利益を犠牲にするよう仕向けるのだろうか。それも、寛容な人はすべての場合に、そうでない人も多くの場合に、自己の利益を犠牲にするのである。利己心のこの強い衝動を抑えられるのは、慈悲のようなおだやかな力ではなく、自然が人間の心に点しておいた慈愛の弱い火花でもない。ここで作用するのは、もっと強くて有無を言わせない力 ―― 理性であり、原理であり、良心であり、胸中の住人、内の人、自分の行動の偉大な裁判官にして審判者である。

(『道徳感情論』 313~314ページ)

 

 スミスの言及する、「利己心」よりももっと強く、有無を言わせない力。これは先に述べた「中立的な観察者」によってもたらされる力のことです。

 スミスは、「共感」について語るこうした文脈から、私たちの内に秘める「行動を支配する根源的な動機」に迫り、次のように問いかけます。

 

人々があくせく苦労するのは何のためなのだろうか。強欲、野心、金銭欲、権力欲、出世欲の究極の目的は何だろうか。必需品を手に入れるためだろうか。

(『道徳感情論』 147ページ)

 

社会のどんな身分にも見受けられるあの競争心は、どこから生まれるのだろうか。また、「生活をもっとよくしたい」という人生の大目的を追求するのは、どんな利益のためだろうか。

(『道徳感情論』 148ページ)

 

 そして、こう答えます。

 

共感、好意、是認をもって他人から見られ、遇され、認められること――私たちがこの目的の追求から得ようとする利益は、これに尽きる。

(『道徳感情論』 148ページ)

 

 スミスは、専門的な言葉を使わず、誰しもが胸の内にもっている感情についてわかりやすく語り、「共感」が「道徳」へと繋がることを、読む人に自然に伝えます。 

他の人のことを心に懸けずにはいられない何らかの働き

 ところで、本書『道徳感情論』の第1章は、次の文章から始まります。

 

人間というものをどれほど利己的とみなすとしても、なおその生まれ持った性質の中には他の人のことを心に懸けずにはいられない何らかの働きがあり、他人の幸福を目にする快さ以外に何も得るものがなくとも、その人たちの幸福を自分にとってなくてはならないと感じさせる。

(『道徳感情論』 57ページ)

 

 私は個人的に、この文章の始まりが好きで幾度も読み返しています。とくに、「他の人のことを心に懸けずにはいられない何らかの働き」という言葉からは、この本の始めから最後の文章まで貫き通る、背骨のようなものが感じられます。

 

 「人間というものをどれほど利己的とみなすとしても、なお(人は生まれながらにして)、他の人のことを心に懸けずにはいられない何らかの働き」をもつ。

 現代は、1人の人間だけでは解決できない様々な問題を抱えていますが、アダム・スミスが本書で綴る言葉は、その問題の解決の糸口を、ほんの少し照らしてくれるかもしれません。

 

 経済学において、『国富論』から派生した、人は「自己利益」に基づいて行動するという前提は、これまで1つの強い伝統を築いてきました。これに対し、同じアダム・スミスの著した『道徳感情論』から新たに「共感」を出発点とすれば、これまでの認識とはまた違った人間の本質が見えてくるのではないでしょうか。

 本書は、様々な課題を抱える現代の人にこそ、手に取り読んでいただきたい1冊です。およそ700ページにわたる大著となりますが、「TOPPOINTライブラリー」では、その内容をコンパクトにまとめた要約をご紹介しています。本書の理解を深める一助として、あわせてご一読ください。

(編集部・三ツ田)

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 「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。

2021年7月号掲載

道徳感情論

著者は、アダム・スミス。ご存じ、『国富論』を著した“経済学の父”である。同書では「自己の利益」の追求が語られたが、それに先立って書かれた『道徳感情論』では、他者への「共感」が人間行動の根底にあるとする。人は「他の人のことを心に懸けずにはいられない」と。この道徳哲学の名著を、新訳で紹介する。

著 者:アダム・スミス 出版社:日経BP社(日経BPクラシックス) 発行日:2014年4月
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