早いもので、今年も残り1カ月半。
そろそろ年末年始の予定を立てたり、年越し準備を始めたりする時期となりました。
スーパーやコンビニの売り場にも、年末の足音を感じさせる商品が増え始めています。
そんな中、ふと商品の値札を見て、こう感じたことはないでしょうか。
「えっ、こんなに高かったっけ?」
去年は数百円だったものが、今では1000円を超えている。お菓子の枚数が減っていたり、飲み物の容器がひっそり小さくなっていたりする ―― 。
総務省によれば、2025年9月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は前年同月比+2.9%(「2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年(令和7年)9月分」/総務省HP)。さらに2022年4月以降、2~3%台の上昇が常態化しており、私たちは今、“インフレ(インフレーション、物価上昇)”の只中にいるのです。
とはいえ、「インフレとは何なのか?」「今何が起きていて、どう備えればいいのか?」を、自分の言葉で説明できる人は、意外と少ないのではないでしょうか。
そこで今回は、そんな素朴な疑問に優しく答えてくれるビジネス書をPick Upします。
『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない ――デフレしか経験していない人のための物価上昇2000年史』(スティーヴン・D・キング 著/ダイヤモンド社 刊)です。
インフレは「勝ち組」と「負け組」を生む
著者はイギリスの経済学者で、欧州最大の銀行HSBCで上級経済顧問を務めるスティーヴン・D・キング氏です。
本書でキング氏は、インフレの本質を次のように表現しています。
インフレはいわば、一部の人たちから資産をむしり取り、残りの人たちに分配する、気まぐれで不公平なメカニズムなのだ。
(『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』 32ページ)
つまり、インフレの影響は“みんな一律”ではなく、そこにははっきりと「勝ち組」と「負け組」が存在するというのです。
著者によれば、インフレで“負ける人”とは、貧困層や年金受給者たちです。貯蓄を保護するための金銭的な余裕や知識に乏しいからです。
また、物価は上がるのに、収入はそれに追いつかない個人事業主や、賃上げ交渉力の弱い中小企業の労働者なども負け組に含まれるといいます。彼らに共通しているのは、持っている資産の実質価値が静かに目減りしていってしまう点です。
一方、インフレで“得をする人”としては、多額の借入(住宅ローンや事業融資など)を抱える個人や企業、政府などを挙げています。インフレによって負債の価値が縮小するからです。
つまり、インフレでは借りた側が有利に、貸した側は不利になると著者は指摘しています。
インフレは“見えない税金”でもある
著者はさらに、次のように断言します。
インフレは事実上、富に対する隠れた税金として作用し、政府財政にとっての救世主になりうるのだ。
(『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』 34ページ)
歴史を振り返っても、その例は数多くあります。
第一次世界大戦後のドイツやオーストリアで発生したハイパーインフレでは、国債や現金を抱えていた市民が資産を失った一方、国家の実質的な債務負担は軽減されました。
つまりインフレは、政府を救い、個人の資産価値を吸い取る仕組みとして機能することがあるのです。
ただ、こうしたインフレによる“見えない税金”は、国や政府に深刻な影響を及ぼす恐れもあるといいます。なぜなら、人々が金融政策や財政当局を信頼しなくなり、その国の通貨を手放し、外国通貨や実物資産を取得しようとする動きが加速するからです。
実際、近年は株式や不動産、金など、一般的に「インフレに強い」とされる実物資産の価格が国内外で上昇しています。その背景には、インフレ圧力だけでなく、政府や中央銀行に対する信頼低下という側面があるのかもしれません。
インフレ下で資産を守るには
では、インフレ下での資産防衛のために、私たちは何から始めればいいのでしょうか?
本書には、次のような格言が記されています。
- 格言1 1つの国または通貨圏に投資しないこと。インフレ抑制能力に乏しい国や通貨圏をうっかり選び、通貨変動リスクを高めてしまう恐れがある。
- 格言2 多くの投資家たちのように、株式はインフレに強い、と思い込まないこと。実際、1970年代のインフレではちがった。
- 格言3 今後インフレが無期限に続くという歴史の転換点に直面している可能性に備え、一定量の金を保有しておくこと。(以下略)
(『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』 282〜283ページ)
注目したいのは、2つ目の格言です。
先述したように、「株式=インフレに強い」と一般的に信じられていますが、歴史は必ずしもその“常識”を裏付けていない、と著者は指摘しているのです。
実際、1970年代のインフレ期には、株式市場そのものが物価上昇のスピードに追いつけず、実質リターンはマイナスに沈みました。その背景には、金融政策の転換(ニクソンショック)、エネルギー価格の高騰(オイルショック)、サプライチェーンの混乱、地政学リスクの高まりなどがあったといわれています。
時代や経済構造は異なるものの、現在、私たちの目の前で起きている出来事と、どこか重なって見える部分もあるように思えます。だからこそ重要なのは、インフレの構造を理解し、ポジションを選び直すことです。著者はこう警鐘を鳴らしています。
1970年代に起きたように、ある年には利益の出る賭けが翌年には損失を生む賭けに変わってしまうこともある。こうした厄介な状況では、分散こそが唯一のまともな選択肢といっていい。
(『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』 282ページ)
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日本は1990年代以降、「失われた30年」といわれるように、長きにわたってデフレ(デフレーション、物価下落)と景気低迷を経験してきました。そのため多くの人は、インフレの仕組みや付き合い方などについて体系的に学ぶ機会がほとんどありませんでした。
だからこそ、最近の値上げラッシュに戸惑っている人や、貯金しているのに将来が不安な人にとって、『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』は、インフレにまつわる疑問を解く良きガイドとなる1冊です。日々の買い物の中で「高くなったな…」と感じている方に、ぜひ一度手に取っていただきたい本です。
(編集部・油屋)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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