先日、日本出版販売が発表した2025年上半期のベストセラー。総合1位は、絵本『大ピンチずかん3』(鈴木のりたけ 著/小学館 刊)でした。
日常で誰もが経験する“様々なピンチ”をユーモラスに描いた本書は、子どもだけでなく大人の心もつかんでいます。私も大好きな絵本です。「ケチャップが飛ぶ」「名前が思い出せない」…、そんな場面を通じて、自分の失敗や感情を受け入れるヒントをくれるこのシリーズは、累計発行部数250万部を超える人気作となっています。
私たちが、これほどまでに「ピンチ」に惹かれる背景には、日々の暮らしの中で避けられない困難 ―― つまり逆境にどう向き合うかを知りたいという本能的な欲求があるのではないでしょうか。
今回は、そうした逆境への向き合い方を、明治・大正期に活躍した思想家・新渡戸稲造から学べる1冊『逆境を越えてゆく者へ 爪先立ちで明日を考える』(新渡戸稲造 著/実業之日本社 編/実業之日本社 刊)をご紹介します。新渡戸の名著『修養』『自警』の中から、逆境の本質とその乗り越え方を選りすぐった書です。
「思い通りにいかない」ことから始まる
本書の冒頭で、新渡戸は「この世はままならないものである」と断言し、こう続けます。
世の中をうるさく感じ、一生を平穏に過ごそうとすれば、世間から離れた山の中にでも住むほかはない。せっかくこの世に生まれて来たのだから何かしたいと思えば、必ず意のままにならないことが起こるものだ。逆境というのは多くの場合これを意味するのではないか。
(『逆境を越えてゆく者へ』 23ページ)
つまり、「意のままにならないこと」 ―― それこそが逆境だと新渡戸は説きます。日常の些細なピンチから、病気、人間関係、ビジネスの行き詰まりに至るまで、私たちは例外なくこの“逆境”と向き合いながら生きているといえるでしょう。
逆境にある人が陥りやすい6つの罠
では、逆境に直面した時、人はどう変わるのか。新渡戸は次の6つの「危険」を指摘しています。
危険一、逆境にある者はヤケを起こしやすい
危険二、逆境にある者は他人の境遇を羨みやすい
危険三、逆境にある者は他人を怨みやすい
危険四、逆境にある者は二種類のやり方で天を怨む
危険五、逆境にある者は同情心を失いがちである
危険六、逆境にある者は心に傷を残しやすい(『逆境を越えてゆく者へ』 34~59ページより一部抜粋)
いずれも現代を生きる私たちにとって他人事ではありません。仕事がうまくいかず、衝動的に甘いものを食べたり、お酒を飲んだり、SNSでキラキラした他人の投稿に心がざわついたり…。思い当たる人も多いのではないでしょうか。
新渡戸は、こうした逆境に陥った時こそ、「少し爪先立ちをして前を見る」ことで、冷静に現状を把握し、先の希望を見出す努力が必要だと説きます。そして、それぞれの危険に対してどう向き合うべきか、本書では丁寧に語られています。
「順境こそ、人生の落とし穴」
意外にも、新渡戸がより注意を促すのは、万事上手くいっている時 ―― いわゆる「順境」です。
日本の諺に「油断大敵」というのがあるが、東西の聖人たちはいずれも順境の時の危険性を説いている。(中略)人が油断するのは大概順境にある時である。
(『逆境を越えてゆく者へ』 88ページ)
順境にあると、人は自らの状態を過信しがちです。人気絶頂にある有名人の不祥事が後を絶たないことからも、順境時の油断の恐ろしさを感じます。
新渡戸は、順境がもたらす5つの危険性を挙げています。
危険一、順境にある者は傲慢になりやすい
危険二、順境にある者は怠けやすい
危険三、順境にある者は恩を忘れやすい
危険四、順境に進み始めた者は不平家になりやすい
危険五、順境に慣れた者は調子に乗りやすい(『逆境を越えてゆく者へ』 94~100ページより一部抜粋)
逆境のように明確な苦しみはなくとも、順境には「見えない落とし穴」があります。だからこそ新渡戸は、順境にある時ほど心を動かさずに平坦に進め、と語ります。油断は、人生を傾ける静かな入り口なのです。
*
本書を読んで痛感するのは、「逆境にどう立ち向かうか」だけでなく、「順境にどう対処するか」も、人生において極めて重要であるということ。順境で奢らず、逆境で腐らず。新渡戸の言葉は、その両方に耐える「心の筋力」を鍛えてくれます。
絵本『大ピンチずかん』がピンチを笑いに変える本だとすれば、『逆境を越えてゆく者へ』はピンチを哲学で捉え直す1冊という印象を受けました。逆境に心折れそうな時、あるいは順境の誘惑に負けそうな時に、静かに読み返したくなる力を持っています。
なお、「TOPPOINTライブラリー」には、『逆境を越えてゆく者へ』のもととなった『自警録 心のもちかた』(講談社 刊)、『新渡戸稲造の不朽の名著 修養 自分を磨く小さな習慣』(三笠書房 刊)や、新渡戸の代表作『武士道 ぶれない生きざま』(日本能率協会マネジメントセンター 刊)の要約も収録しています。本書で新渡戸の思想に興味を持った方は、ぜひ併せてお読みください。
冒頭で述べたように2025年上半期のベストセラーが決定しましたが、「TOPPOINT大賞」の2025年上半期の発表も来月に迫っています。読者の皆様が選んだのは、果たしてどの本なのか? 現在、鋭意集計中です。どうぞお楽しみに。
(編集部・福尾)
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「編集部員が選ぶ今週のPick Up本」は、日々多くのビジネス書を読み込み、その内容を要約している編集部員が、これまでに『TOPPOINT』に掲載した本の中から「いま改めてお薦めしたい本」「再読したい名著」をPick Upし、独自の視点から読みどころを紹介するコーナーです。この記事にご興味を持たれた方は、ぜひその本をご購入のうえ通読されることをお薦めします。きっと、あなたにとって“一読の価値ある本”となることでしょう。このコーナーが、読者の皆さまと良書との出合いのきっかけとなれば幸いです。
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