
ゴールデンウィークが始まりました。連休中、皆さまはどんなふうに過ごされますか? 旅行に出かける方、自宅で読書や映画を楽しむ方も多いでしょう。もし、予定がまだ決まっていないなら、アートを巡る時間を加えてみてはいかがでしょうか。
今年は、注目の「大阪・関西万博」をはじめ、各地で大規模な芸術祭が目白押しの“アートイヤー”です。例えば——
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- ・Study:大阪関西国際芸術祭(開催中〜10月13日)
- ・瀬戸内国際芸術祭(開催中〜11月9日)
- ・京都国際写真祭(開催中〜5月11日)
- ・千葉国際芸術祭(9月〜11月)
- ・国際芸術祭あいち(9月13日~11月30日)
- ・東京ビエンナーレ(10月17日~12月21日)
いずれも、現代アートを軸に多彩な表現と向き合える貴重な機会です。
個人的な“推し”は、「瀬戸内国際芸術祭」。以前、私も足を運んだことがあります。穏やかな瀬戸内海に浮かぶ島々を巡りながら、各地に点在する現代アートに出合う——そんな時間の中で、不思議とアイデアや視点が研ぎ澄まされていく感覚がありました。非日常に身を置き、感性を開放することで得られたものは、仕事や日常にも確かに活きています。
アートというと「好きな人が楽しむもの」と思われがちですが、実は今、ビジネスパーソンにこそ必要な教養として注目されています。今週ご紹介するのは、まさにその意義を説く1冊『「アート」を知ると「世界」が読める』(山中俊之 著/幻冬舎 刊)です。
アートがもたらす「3つの効能」
著者は、世界97カ国を回り、現在は芸術系大学で教鞭をとる元外交官の山中俊之氏。欧米のビジネスパーソンにとって、アートが“思考と教養の軸”であることを、事例とともに語ります。
例えば、NYタイムズの1面にアート関連の記事が頻繁に登場すること。あるいは、フランスでは「アートの教養がないと昇進できない」という逸話まで——。
また、本書と同じ視点で書かれた書籍として、過去に『TOPPOINT』でご紹介した山口周氏の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社 刊)を取り上げています。同書は、「論理だけでは勝てない時代には、アートが重要だ」と説き、ベストセラーとなりました。
山中氏は、アートがビジネスにおいて果たす役割を次のように整理します。
アートにはビジネスパーソンにとって役立つ「3つの効能」があります。
1 コミュニケーションツール
2 心を動かす
3 思考をうながす(『「アート」を知ると「世界」が読める』 31ページ)
特に重視すべきは、3つ目の「思考をうながす」効能だといいます。
1つの作品が複雑な歴史的背景をもつことも多く、民族性や政治・経済に関係することもあります。そのため、「世界」を読み解くためのツールとして、大いに威力を発揮するのです。
(『「アート」を知ると「世界」が読める』 34ページ)
例えば、鑑賞時に「作者はユダヤ人で、描かれた時代背景を踏まえると、こんなメッセージが込められているのではないか」と仮説を立てた上で見る。これはまさに、ビジネスで必要とされる「問いを立て、思考を深める」姿勢そのものです。
「世界」を読む目を鍛える、西洋アートと現代アート
では実際に、アートからはどんな「世界」が読み解けるのでしょうか?
本書では、その一例として、19世紀のフランスで活躍した画家ウジェーヌ・ドラクロワの作品〈キオス島の虐殺〉から、民族間の対立について考察しています。
19世紀の初頭、ギリシャ人がオスマン帝国から独立を求めて蜂起したことを機に、オスマン帝国は、ギリシャ系住民が多数を占めるキオス島に侵攻し大虐殺を行いました。
この惨事を描いた同作は、半裸で地に倒れ、命を失ったように見える母の乳房に手を伸ばす幼子、戦禍で力尽き、絶望のまなざしを空に向けるギリシャ人たち、それを冷たく見下ろす騎乗のトルコ人らが描かれています。
民族の屈辱を個人の表情で描き出したこの作品は、「民族の誇りとは何か?」という普遍の問いを突きつけてくるように私には感じられます。
(『「アート」を知ると「世界」が読める』 100ページ)
この問いの答えは、ロシアのウクライナ侵攻やハマスとイスラエルの武力紛争が勃発した現代においても、各人が持っておくべきものだ、と山中氏は述べます。
このように、西洋アートは、時代を超えて人間の本質を浮き彫りにし、現代社会を読み解く視座を与えてくれるのです。
一方、「現代アート」と呼ばれる分野にも注目してみましょう。
人種差別、貧困、ジェンダーによる差別などの社会問題や個人の葛藤を描いた現代アートこそ、ビジネスパーソンが知っておくべきアートだ、と山中氏は言います。
氏によると、現代アートの代表的な存在は、世界的に活躍する現代美術家の艾未未(アイ・ウェイウェイ)氏です。艾氏は、2008年夏季の北京オリンピック、2022年冬季の北京オリンピックの開会式・閉会式など主会場になった〈鳥の巣〉を共同設計したことで知られているので、名前を聞いたことのある人も多いかもしれません。
山中氏が特におすすめだというのは、3000台もの自転車を使ったインスタレーション〈Forever Bicycles〉です。
戦後の中国では、大勢の人々が人民服を着て自転車で移動していました。その時代を象徴するかのように、大量の自転車が積み重なったこの作品は、一見ノスタルジックにも見えます。
しかし、今の中国は、服装も自由になり、人々はグッチやプラダを爆買いしていることをふまえて見るとどうでしょうか…?
共産主義は続いていながら“市場経済”が導入され、一見すれば、西側と同じに思えます。
しかし、そこに艾は疑問を投げかけるのです。
「豊かになって楽しんで、今の中国は自由になったように見えるけれど、実は共産党の支配は、自転車に乗っていた頃から何一つ変わっていないよ」と。(『「アート」を知ると「世界」が読める』 258ページ)
実は、共産主義の欺瞞を揶揄するようなこの作品は、中国本土では公開されていません。艾氏自身も、現在は欧米に拠点を置きながら国際的なアーティストとして活動しています。
このように、近代史や今のニュースを知っていれば、現代アートの面白さやメッセージ性がよくわかる、と山中氏は言います。
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アートを“鑑賞する”から“読み解く”へ――。『「アート」を知ると「世界」が読める』は、そんな視点の転換を促してくれる1冊です。詳しくは、ぜひ「TOPPOINTライブラリー」に収録されている要約をご覧ください。
連休中、各地で開催される芸術祭や美術館を訪れるなら、本書を片手にアートと向き合ってみてはいかがでしょうか。きっと、見える世界が少し変わってくるはずです。
(編集部・福尾)
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