2026年11月号掲載
正義の暴走 ――凡庸な悪についての心理学
- 著者
- 出版社
- 発行日2026年8月10日
- 定価1,012円
- ページ数247ページ
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著者紹介
概要
「正義」を振りかざして、迷惑を顧みず自分の主張を押し通す人たちがいる。クマに襲われた被害者を「なぜ危険な山に入ったのか」と叩く。いじめ動画を拡散し、加害者を脅したり個人情報を晒したりする…。こうした「正義の暴走」はなぜ起こるのか? その要因を考察し、人間に備わった「心のクセ」の正体を明らかにする。
要約
クマの駆除は悪か
人は、自身の「正義」から他人を攻撃したり、非合理的な行動を取ったりすることがしばしばある。こうした「正義の暴走」はなぜ起こるのか?
それを理解するためには、人間の複雑な心理プロセスを認識しておくことが重要になる。
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近年、日本各地でクマによる人身被害が相次いでいる。これに対し、自治体は注意喚起や山への立ち入り規制を行い、それでも危険が切迫した場合には、クマの駆除という判断を下してきた。
しかし、そのたびに一部の人々から「なぜクマを殺す必要があるのか」などと激しい反発が起こる。背景にはどのような心理があるのか。
不幸を「自己責任」に変換する心理
クマ被害を巡る議論で、しばしば見られるのが被害者非難である。例えば登山中の被害に対しては、「なぜ危険な山に入ったのか」「自己責任ではないか」といった言葉が噴出する。
こうした反応は、被害者に対する冷酷さや想像力の欠如として批判されがちである。しかし心理学的に見ると、そこには多くの人に共有されやすい心の働きが存在している。それを説明する代表的な概念が、公正世界信念である。
社会心理学者のラーナーは、人は「世界は基本的に公平であり、人は自分の行為に見合った結果を受け取る」と信じたい傾向をもつと指摘した。
努力すれば報われ、規範を守れば良い結果が伴うという感覚は、日常生活を成り立たせる上で重要な前提となっている。しかし、公正世界信念には明確な副作用がある。それは理不尽な被害や偶然的な事故に直面した時、世界の公平性への信念が根底から揺さぶられてしまう点だ。
クマによる人身被害は、まさにこの信念を強く脅かす出来事である。野生動物との遭遇は偶然性が高く、注意や経験を重ねていても完全に回避できない。その現実を真正面から受け止めることは、「次は自分かもしれない」という不安を直視することに等しい。そこで人は被害者の判断や行動に原因を帰属させ、「危険な山に入ったからそんな目に遭ったのだ」と整理することで、心の中で世界の秩序を回復しようとする。
この過程で用いられる「自己責任」という言葉は、不確実な世界に耐えるための心理的防衛反応と理解できる。実際、公正世界信念が強い人ほど不安が強く、犯罪や事故の被害者を否定的に評価しやすいことが数多くの研究で示されている。