2025年6月号掲載
秩序崩壊 21世紀という困難な時代
Original Title :Hard Times in the 21st Century (2022年刊)
著者紹介
概要
近年の世界の混乱を読み解くカギは“エネルギー”だ。石油や天然ガスなど、化石燃料は常に世界の政治経済を左右してきた。20世紀のアメリカの工業大国化しかり、2022年からのウクライナ・ロシア戦争しかり。歴史を繙きその影響力を明らかにしつつ、グリーンエネルギーなど、近年のエネルギー転換が及ぼす影響を考察する。
要約
石油の時代
近年の世界の混乱については、多くのことが語られてきた。それらは、ポピュリスト的ナショナリズムや、2007~08年の金融危機との関係、リベラルな国際秩序の崩壊を軸に論じられてきた。
しかし、地政学的・経済的な断層が生じた重要な要因としてエネルギーの問題があるということは、ほとんど認識されていない。
アメリカを工業大国に変える
20世紀初頭、アメリカを田舎の国から工業大国へと変貌させたのは、石油である。
アメリカで商業用の石油が採掘されるようになったのは、1860年代のこと。19世紀最後の数十年間、世界の他の地域で大規模な石油生産が行われていたのはロシアだけだった。1890年代には、米ロの石油を販売する企業の間で、ヨーロッパ市場をめぐる熾烈な争いが繰り広げられた。
1898~1902年、ロシアはアメリカを抜いて世界最大の産油国となる。しかし、アメリカでは、1908年以降、ヘンリー・フォードが大量生産したT型自動車が石油需要を一変させた。石油から生産されたガソリンを燃料とする自動車は、アメリカの技術革新と産業消費主義の象徴となった。
対照的にロシアでは、国内政治により石油産業が壊滅状態に陥った。1905年の革命では、バクーの大規模油田が放火で炎上し、その後約10年間、ロシアの輸出産業は壊滅的な打撃を受けた。
その結果、第一次世界大戦が始まる頃には、石油生産の大部分は西半球に集中し、アメリカは世界の石油の3分の2近くを供給していた。
冷戦と石油輸入
第二次世界大戦後、石油は世界で最も重要なエネルギー源となった。そのため、国内供給の乏しい西ヨーロッパ諸国にとっては、どこから石油を輸入するかが重要な問題となっていた。
冷戦が始まると、西ヨーロッパがソ連の石油を受け入れることを望まなかったアメリカは、1949年にソ連からの石油輸入を禁止した。
しかしアメリカは、西ヨーロッパが以前のように西半球からの輸入に頼ることも望まなかった。アメリカが使用する石油は国産で賄いたいと考えたからだ。その結果、西ヨーロッパは中東の石油に依存することとなった。
スエズ危機がもたらした影響
そうした状況下で1956年に重大な地政学的危機が勃発した。スエズ危機である。これは、エジプトのナセル大統領がスエズ運河を国有化し、イスラエル船舶の通航を禁止したことから始まった。