教育現場は困ってる

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著者紹介

概要

教育は子どもたちの人生を左右する。ゆえに、安易な教育改革は避けるべきだ ―― 。高校で契約書の読み方を学ばせるなど、実学志向を強める教育界。だが、こうした改革は「薄っぺらいのに自信満々な人間」を生み出しかねない。そう警鐘を鳴らす著者が、知識や教養の重要性を説き、日本の価値観に合った教育のあり方を示す。

要約

「授業が楽しい」だけでよいのか

 教育改革という言葉をニュースでよく目にするが、いま行われている改革は、改善なのか改悪なのか ―― 。教育の場に長く身を置く者としては、この動きを素直に受け入れる気になれない。

「英語が楽しい」という調査結果についての誤解

 例えば、英語を小学校で教えるということ。専門家の多くが反対しているにもかかわらず、2020年度から本格的に始まることとなった。

 それに先行して、英会話を中心にした英語活動が高学年を対象に行われているが、その時間を楽しいという子どもたちは多いという。ベネッセが2015年に全国の小学5・6年生を対象にした調査によれば、「他の教科と比べて英語は面白い」という子が71.5%となっている。

 そうした声を聞くと、英語の授業を小学校で行うのはよいことのように思える。だが、こうしたデータを根拠に小学校での英語教育を推進するのは危険である。なぜなら、現在行われている活動は、簡単な英語を使ってゲームをしたり歌を歌ったりするもので、決して勉強ではない。遊びのようなものであり、知的鍛錬にも教養にもならない。

 このように、最近「楽しいかどうか」にとらわれすぎる風潮が強まっているように思える。

実用的な授業への転換がもたらしたもの

 いくら知識を詰め込んでも、それを現実生活に応用できなければ意味がないとのことから、知識偏重の教育からの脱却が唱えられ、様々な教育改革が行われてきた。その1つに英語の授業の会話重視への転換があった。1993年以降、読解・文法中心から会話中心に転換してきた。

 その結果、何が起こっているか ―― 。

 公立高校の入試問題について、20万人のデータをもとに、英語の学力の経年変化を検討した研究によると、1995~2008年の14年間、毎年一貫して低下していることが判明したのだ。

 こうした学力低下のため、大学でも従来のような英語の文献を用いたゼミが成り立たないといった事態さえ生じている。日常会話はできても、文章の読解ができないのだ。

 英語の授業を受けても、全然しゃべれるようにならないから、教育の大転換が行われたわけだが、そこに大きな勘違いがあった。学校の授業は、単に実用のために受けるものではなく、頭の鍛錬、知的発達の促進のために受けるものなのである。

 会話に使える言い回しや発音のハウツーを習うばかりでは、英語で書かれた文学や評論を訳す時のような知的鍛錬にならない。思考の道具である国語力も向上せず、思考力は磨かれない。

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