2014年10月号掲載

神道――日本が誇る「仕組み」

社会・政治文化・思想・歴史
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著者紹介

概要

「神道」は、日本ならではの宗教だ。仏教やキリスト教、イスラム教などと違い、教祖は存在しない。教典もない。仏教をはじめ様々な外来文化を取り入れ、融通無碍に発展し、日本の歴史を動かしてきた。縄文時代の精霊崇拝を起源とし、他の宗教にはない「仕組み」を有する神道。その成立過程や歴史的背景、本質を、歴史考証の第一人者がわかりやすく解説する。

要約

神道の起源

 神道は長きにわたって、日本の歴史を動かしてきた。

 現代では、その役割は後退したが、今も全国で約12万の神社がある。正月には多くの人が神社に初詣に出かける。ご利益を求め、福の神や縁結びの神様をお参りする人もいる。このように、今でも神道は、私たちの生活と深く関わっている。

 しかし、神道というのはきわめて漠然としたものである。神道と政治や社会との関わりも時代ごとに変わっており、それに対応した形で神道も時代ごとに様々な顔を見せる。

神道の起源は縄文時代にある

 まず、神道の起源から見ていこう。

 起源については説が分かれるが、その1つに、縄文時代の人々の文化、宗教に求めるものがある。

 縄文時代に入った頃、氷河期が終わりに近づき地球が温暖化していく。その結果、ブナ、ナラなどの落葉広葉樹の森林が広がり、多くの果実が稔った。この豊かな森林の中で、神道の原形となる「自然を大切にする信仰」が形成されたのである。

 縄文人は竪穴住居をつくり、そこで生活した。住居は、たいてい円形の広場を囲む形につくられており、住居が設けられた円形の空間の外には貝塚がある。集落の中心の広場は神々を祭る場で、住居の外の貝塚は死者の空間とされた。

 貝塚からは人間の骨、獲物となった動物の骨、使えなくなった道具など様々なものが出土する。

 私は、縄文時代の様々なものを貝塚に葬る習慣を、神道で重んじられた「祓いの発想」に繋がるものと見ている。縄文人は死の穢れを貝塚、つまり円の一番外に集めることで、住居や祭りの場を清らかな状態に保ったのである。

日本の精霊崇拝

 縄文人は、人間の霊魂も動物、植物、道具などの霊魂もすべて死後は平等になるとした。

 体が死んだ後の霊魂は貝塚で清められた後に、霊魂が住むべき地である山奥や海の果てに行くと考えられたのであろう。縄文人は霊魂が集まったものを神様だと考えていたと見られる。

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