2022年1月号掲載

大衆の反逆

社会・政治文化・思想・歴史

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著者紹介

概要

原著の刊行は1930年。共産主義のソ連が成立し、ドイツでナチスが台頭する中、社会の“大衆化”に警鐘を鳴らした書だ。「みんなと同じ」ことに満足し、少数者を踏みにじる大衆は、なぜ生まれ、世界をどう変質させたか。かつて著者が危惧し、論じた問題は遠い昔の話ではない。分断と不寛容が広がる今日、改めて読みたい名著である。

要約

密集の事実

 現在のヨーロッパ社会には、1つの重大な事実がある。それは、“大衆”が完全に社会的権力の前面に躍り出たことである。

 大衆は自分の存在を律することができず、ましてや社会を統治することもできない。この事実はヨーロッパが今や、民族、国民、文化として被り得る最大の危機に見舞われていることを意味する。

群集で溢れる社会

 私たちの眼前に広がる現代の一側面。それは「密集」の事実である。例えば、都市は人で一杯である。ホテルは宿泊客で、列車は旅客で溢れている。有名な医者の待合室は患者で、浜辺は海水浴客で一杯だ。

 私たちが見ているものとは何か。それは、文明によって創り出された諸々の施設や道具を占有する、群集そのものの姿である。

 以前、こういった設備や乗り物は、いつも満席というわけではなかった。それが、今では常に人が満ち溢れている。

群集は突然、眼に見えるものとなった

 群集を構成する人たちは、無から生じたわけではない。私たちはここで、最初の重要な問題にぶつかる。つまり、これら群集を構成している個々人は、前にも存在していたが、群集として存在していたわけではないという事実である。

 かつて、彼らは世界に散り散りとなり、少数者集団に分かれて、あるいは単独で、互いに距離を置いて生活していた。個人や小さな集団は、村や町、大都市の一角に、自分や自分たちに固有と言える場所を見いだしていた。

 ところが今や、彼らは忽然と現れ、私たちはいたるところで群衆を目撃するようになった。群衆は突然、眼に見えるものとなり、社会の特権的な場所に腰を据えたのである。

大衆とは何か

 また、良きにつけ悪しきにつけ、大衆とはおのれ自身を特別な理由によって評価せず、「みんなと同じ」であると感じても、そのことに苦しまず、むしろ満足している人たちのことを言う。

 人間に対して為され得る最も根本的な区別は、次の2つである。

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