しあわせる力

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著者紹介

概要

副題は「禅的幸福論」。ではあるが、実は、著者の玄侑宗久氏は「幸福」という言葉の使用を好まない。そもそも日本人が感じる「しあわせ」は、西洋的な幸福とは違うという。もっと便利に、もっと豊かに、という欲望の追求ではなく、人との関係性を大切にし、その関係性の中でしあわせを感じていた。そんな、日本人が長年培ってきた独自のしあわせについて説く。

要約

日本人本来のしあわせ観とは

 何年か前から、書店には多くの「幸福論」が並んでいる。一方で、誰もが幸福を夢見ながら、夥しい自殺者を生みだしてもいる。

 まるで「幸福」という名の妖怪にでも取り憑かれたかのように、幸福にこだわるがゆえの「不幸」も発生しているように思える。

 幸福論と自殺との関係は簡単にはいえないが、この際、正面から「幸福」あるいは「幸せ」について論じてみようと思う。

「しあわせ」はいつから「幸福」になったのか

 「しあわせ」と聞いた時、皆さんはどのような文字を思い浮かべるだろうか。「幸福」と思う人が多いと思うが、「幸福」と書いて「しあわせ」と読むようになったのは明治以降である。

 Happinessの訳語として「幸福」という字を当てたわけだが、その時、日本人のしあわせ観の中に西洋的な考えが入り込んだような気がする。

 ここでいう西洋的な考え方というのは、近代の西欧。主に産業革命の英国で生まれた、計量できる幸福という考え方である。

 18世紀後半、ジェレミー・ベンサムという英国の哲学者が「最大多数の最大幸福」という考え方を示し、幸福計算という具体的な方法も示した。

 大きさや長さや近さ、速さなどの規準で、幸福は快楽と同じように計量できると提案したのだ。

 「最大多数の最大幸福」というのは、「全ての個人の幸福の合計が社会全体の幸福であるから、社会全体の幸福を最大化すれば全ての人が幸福になる」という、ずいぶん大雑把な考え方だが、その考え方からすると同性愛も擁護される。誰に迷惑がかかるわけじゃないし、お互い同士では快楽さえ生みだすから、社会全体の幸福度は上がる。

 この考え方が修正されながら広がり、やがて現在のように快楽が経済を基礎づけ、その経済が全てを動かす世の中が到来したわけである。

 確かに便利にはなった。電気釜が初めて登場した時のキャッチコピーは、「奥さん、朝寝ができますよ」というものだった。このキャッチコピーにつられて、たくさんの人が電気釜を購入した。

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