2023年8月号掲載
インフレ課税と闘う!
著者紹介
概要
実質賃金がマイナス、実質金利がマイナス…。2022年から加速したインフレで、私たちの所得や金融資産の実質的価値は、目減りする一方だ。増税同様、生活を圧迫する、この“インフレ課税”に政府・日銀はどう対応するのか? 巨額の政府債務残高の問題と絡め、金融市場を知悉するエコノミストが解説する。
要約
この国の「今」
「インフレ課税」―― 。これは、私たちの暮らしが物価の上昇に喰われて貧しくなることを指す。所得・資産の実質的価値の目減りのことだ。
2022年からインフレが加速し、「実質賃金がマイナス」「実質金利がマイナス」という言葉をよく耳にするが、それらはインフレ課税が変形したものだ。もっと深刻な打撃は、家計の保有する金融資産残高の価値の目減りである。
インフレ課税は自然災害のようなものだから仕方がないと思う人は多い。だが、日銀はそれを止める力を持っている。家計の金融資産残高の半分以上を占める“預貯金”は、日銀が利上げすれば利息収入が増えて損失の穴埋めができるのだ。
日銀が利上げをしない理由
ではなぜ、日銀はそうしないのか?
それは「利上げは慎重にすべき」と声高に叫ぶ論調が強いからだ。日銀は、過剰なまでに緩和的であり、それを見直すことが許されていない。皮肉なことに、日銀は1998年に法的独立性を与えられたが、現実には20数年かけてその能力をゆっくりと奪われていった。
この深層にあるのは、政治的思惑と財政事情だ。政府債務が1200兆円を超える日本は、政策金利を引き上げようとしても、それが容易には行えない。「政府債務の負担を利払いの増加でさらに重くさせてはいけない」という配慮が働いているのだ。
歴史的な超低金利は長引く
家計が保有する金融資産残高は、インフレ課税によって目減りするが、それと対照的に政府の債務残高は軽減される。インフレになっても、日銀がずっと利上げをしなければ、実質金利がマイナスになって、政府の借金は圧縮されていく。筆者は、たとえ政府債務が減っても、国民の財産を犠牲にするのでは政策として無意味だと考える。
残された解決法は、経済を強くしてゆっくりと金利を上げていくことだ。企業が生産性を高めれば、物価は上がりにくくなり、賃金も高められる。「物価抑制+金利上昇+賃金上昇」ができる経済体質に戻すことを目指すべきだ。
だが、この道は険しい。人口減少・高齢化は成長には逆風だし、財政赤字は社会保障負担で大きくなる。2023年、日銀は植田和男総裁に交代して、金融政策の立て直しを試みている。しかし、日銀が出口戦略に着手したとしても、利上げの余地はそれほど大きくはない。歴史的な超低金利はもっと長引くと覚悟しておいた方がよい。
政府債務問題とインフレ
過去30年間、日本経済の潜在的な不安は、財政赤字問題だった。日本の政府債務残高は、1287兆円(2022年12月末)。これは、経済規模(名目GDP)の2.31倍だ。国民1人当たり1032万円という途方もない数字になる。