2026年11月号掲載
働き方の科学 ――エビデンスが明かす「健康」も「生産性」も手に入れる方法
著者紹介
概要
普段よく聞く、働き方の「常識」は間違いだらけ!? 働くことが長寿の秘訣、引退すると老け込む。在宅勤務はサボり放題で、生産性を下げる…。元官僚で社会疫学・医療経済学の研究者が、世にあふれる「働き方」論を、最新の研究データを基に検証。科学的根拠(エビデンス)を踏まえ、健康や幸福、成果につながる働き方のヒントを示す。
要約
「働くことが長寿の秘訣」は本当か?
引退すると老け込む。在宅勤務はサボり放題、生産性が下がる…。世の中には、このような働き方に関する「常識」があふれている。
しかし、その常識の多くは個人の経験談か、一部の例を一般化した話にすぎず、誤っているものがたくさんある。そうした世間の「働き方」論を、エビデンス(科学的根拠)に基づいて検証する。
「引退すると老け込む」の真偽を確かめる
日本ではよく、「引退すると老け込む」といわれる。またテレビや新聞では、働くことが長寿の秘訣であるかのように語られる。
しかし最新の研究によって、「引退すると老け込む」という考えは誤りである可能性が示された。引退が健康に悪いという結論は、「生存者バイアス」(成功例だけを見ることで生じる偏り)に囚われているため、間違っているかもしれないのだ。
一般的に、健康な人は働き続け、体調を崩した人は早く引退する。このため、両者を単純に比較すると、働き続けている人の方が健康状態は良く、労働が健康に良いという結論が出やすい。
だが定年後も働く人は、もともと身体が丈夫だったから働き続けているだけかもしれない。
定年で引退した人の方が、心疾患リスクが低い
35カ国の10万人以上を平均7年間追跡し、生存者バイアスの影響を抑えて分析したデータがある。対象は50~70歳の人で、引退と虚血性心疾患リスクの関係を調べたものだ。
研究結果は、これまでの常識を覆すものだった。
まず、生存者バイアスを考慮せずに、引退した人と働き続けている人の心疾患のリスクを比較すると、一般的に信じられている通り、引退した人は働き続けている人よりも心疾患のリスクが高いという結果になった。だが生存者バイアスに対処すると、正反対の結果になった。引退した人の方が、働き続けている人と比べて心疾患のリスクは2.2%ポイント低かったのだ。
さらに引退した人は、働き続けている人と比べて「認知機能が高い(記憶力が良い)」「身体機能が維持されている」ということもわかった。
一般的な認識とは正反対に、引退した方が老け込まない、つまり引退は健康に良いのである。