2026年8月号掲載
マスキズム 新たな独占の時代
Original Title :MUSKISM:A Guide for the Perplexed (2026年刊)
著者紹介
概要
21世紀を代表する起業家、イーロン・マスク。SNSや宇宙開発など幅広い分野で影響力を持つ彼は、世界をどう変えようとしているのか。そこにはどのような狙いがあるのか。これまでの歩みをたどりながら、彼の思想や行動原理を読み解き、新たな資本主義のパラダイムとなりうる「マスキズム(マスク主義)」について論じる。
要約
選民のためだけの未来主義
1世紀前、ヘンリー・フォードが自伝『我が一生と事業』を執筆してベストセラーとなった。それからほどなく「フォーディズム(フォード主義)」という言葉が生まれた。
これは「すべてのガレージに車を」「生産性を上げれば給料も上がる」というメッセージであり、万人の生活水準の向上を目指して社会のあり方を変えることを意味する。このフォーディズムは、大量生産と大量消費が結びついた「20世紀の資本主義」の代名詞となった。
一方で最近、「マスキズム(マスク主義)」という世界観が話題になっている。マスキズムも社会刷新の試みだが、これは社会的な利益を万人に分配しようとするものではない ―― 。
人種隔離政策「アパルトヘイト」
1933年、アメリカ人エンジニアのハワード・スコットは、テクノクラシー・インコーポレイテッドという組織を設立した。彼は、技術者が科学的原理に従って資源を配分する社会を夢見ていた。そこでは、通貨は「エルグ」というエネルギー単位に代わり、労働は1日4時間、週4日のみだ。
資本主義と民主主義を共に葬り去ることを目指す、このテクノクラシー運動の精力的なメンバーの1人が、イーロン・マスクの母方の祖父ジョシュア・ハルデマンだった。彼はカナダ在住だったが、1940年に政府がこの運動を違法としたため逮捕される。そして1950年、後にイーロンの母となるメイとともに南アフリカへ移住する。
このタイミングには意味があった。国民党政権が人種隔離政策「アパルトヘイト」を導入した直後だったのである。それは、ハルデマンが南アフリカに惹かれた理由の1つだった。
南アフリカは白人至上主義であるだけでなく、近代化を推進する国家でもあった。歴史家のポール・エドワーズらが指摘しているように、政権が推し進めていたのは技術による統治を目指す「テクノポリティカルなプロジェクト」であり、人種隔離に基づくユートピアの建設という最重要課題に賛同する者たちの忠誠を集めた。
アパルトヘイトという制度の設計者たちは、未来主義者(フューチャリスト)を自認していた。彼らがテクノロジーを取り入れたのは、昔から続く人種的不平等をより強固にするのに役立つと目論んだからだ。
行政首都プレトリアでの人種隔離
マスクは1971年、南アフリカの行政首都プレトリアで生まれた。プレトリアにはアパルトヘイトを維持する治安機関が置かれていた。
ここでは人種隔離は不動のもので、黒人は都市外縁の隔離された「黒人居住区」へと追いやられる。一方、白人エリートは南部の郊外に位置する、プールと緑の庭を備えた居住区で暮らした。
都市外縁の黒人居住区の側には、工場や倉庫が点在していた。黒人労働力を手近に控えさせておくことで、必要とあらば利用し、不要となれば切り捨てられるようにしていた。