2026年2月号掲載
苦痛の心理学 なぜ人は自ら苦しみを求めるのか
Original Title :The Sweet Spot:The Pleasures of Suffering and the Search for Meaning (2021年刊)
著者紹介
概要
“苦痛”は、できれば避けたいもの ―― 。そう考える人は多いはずだ。だが実は、人は時に自ら苦痛を求めることもある。熱い風呂に進んで入る、激辛料理を好んで食べる…。一見不可解なこれらの行動は、なぜ起こるのか? そのメカニズムを、脳科学や心理学の研究をもとに解明。人生における苦しみの意味も含め、解説する。
要約
無害なマゾヒズム
人間は苦痛を嫌い、苦痛から逃れるためならば必死になるものだ、と考える人は多い。
しかし、この考えは正確ではない。状況や程度にもよるが、実は人間は、身体的、精神的な苦痛、困難や失敗、喪失などを求めることもあるのだ。
映画が好きな人は多いだろうが、悲しくて涙を流す映画をあえて見に行く人もいる。とても辛い物を食べたり、痛いほど熱い風呂に浸かったりすることもあるだろう。山に登る人、マラソンを走る人、道場にわざわざ殴られに行く人もいる。
そうした本来良くないはずの体験から人が喜びを得る場合があるのは、なぜか。
マゾヒズムの語源
「マゾヒズム」という言葉は、精神科医のリヒャルト・フォン・クラフト=エビングが19世紀末に、同時代の作家レオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホの名からとって作った造語である。
クラフト=エビングは、「マゾヒズム」をある種の異常性愛を指す言葉として使った。だが、すぐにもっと広い意味でも使われるようになった。
例えば、心理学者のポール・ロジンは「無害なマゾヒズム」という言葉を作った。これは、何らかの痛みや苦しみを自ら求める心理を指すが、その痛みや苦しみに性的な意味はほぼない。
通常は苦しい、あるいは不快とされるが害はないことをあえて求めるのが、無害なマゾヒズムだ。痛む歯にそっと舌をあててみた人、捻挫した足首をあえて指で押した人はいるはずだ。
苦痛は相対的なもの
私たちは痛い目にあった時には叫ぶ。しかし、痛みとは正反対の原因 ―― 大きな喜び、嬉しい驚き、強い興奮などによって叫ぶこともある。こうした例からわかるのは、喜びと苦しみ、嬉しさと悲しさは密接に結びついているということだ。
心理学者の多くは「相反過程理論」を支持している。私たちの心には常にバランスを取ろうとする傾向があり、とても嬉しい時にはバランスを取るために反対の悲しみの感情が、逆にとても悲しい時には反対の喜びの感情が起きるという理論だ。
スカイダイビングをすると大きな恐怖を味わう分、成功した時の安堵感や達成感が大きくなるのも、バランスを取ろうとする心の動きのせいだ。